思い出す財布

砂漠の使徒

金を払うとき、いつも思い出す

 こいつは……俺にとってささくれだ。

 普段は忘れているけれど、ふとした瞬間に思い出しては俺の心に小さな傷をつける。

 なぜこんなボロい革財布がそんなことをするかって?

 それを知るには、あの日のことを語らなきゃいけない。

 そう、まだこの財布がピカピカだった頃のな。


――――――――――


「頼む! お金貸してくれないか!」


 そんなメッセージを送ってきたのは、当時……つまり、俺が高校のときに一番の友人だったやつだ。

 そいつはすごく優秀な奴で、有名な大学へ行くと言っていた。

 地元の企業に就職する俺とはまったくの別人だったな。

 そして、違うのは頭だけじゃない。

 性格や顔からなにまでもが完璧で、どうして俺なんかと友達になったのかわからないほどすごい奴だった。

 そんな間違い一つない奴の唯一の失敗があの日だったんだろう。


「金、か……」


 嫌な頼みだ。

 金の貸し借りは必ずトラブルにつながる。

 たとえ親友相手だしても、躊躇するのが当然だ。


「どうしたんだ?」


 とりあえず事情を聞いてみる。

 すると、すぐに返事があった。


「今レストランに来てたんだけどさ、財布忘れちゃって……」


 それは大変だ。

 このままでは無銭飲食で捕まってしまうだろうな。

 そして、俺に頼るってことはもう他に頼る奴がいないのか?


 いや、いるだろ。

 あいつには、友人も多いし。

 そう考えて、俺はメッセージを無視して寝てしまった。


――――――――――


 だが、今ならわかる。

 気づかないふりをしていただけで、あのとき俺はこう思っていた。


 こいつにも失敗を味わわせてやりたい。


 人の不幸は蜜の味……とはよく言ったものだ。

 俺は心のどこかで、あいつがなにかやらかすのを期待していたんだ。

 それが、あの日だった。


 結局その後どうなったかは知らない。

 あいつからの連絡は来ないままだ。

 風の噂では、家を追い出されてホームレスをやってるとか。


 そんなことはどうだっていい。


 ただ、財布を見るとどうしてかあいつの顔を思い出す。

 このささくれは、死ぬまで治らない気がする。


(了)

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