第23話 はじまりの物語

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「おお! 勇者よ! よくぞ私たちの呼びかけに応えてくださった!」

 召喚の儀式の中心に立つ王の歓喜の声が、聖域と呼ばれる召喚の間に響き渡る。

 その音は未だ召喚陣の上に立つ、召喚された勇者の心に響いた。

 勇者は召喚陣の上でゆっくりと目を開く。の胸には熱い情熱が燃え、その眼差しは王の姿を捉えた瞬間に力強く輝いた。


「我が名はケツアゴ・カチワレーヌ。愛と正義の勇者として、魔物に立ち向かう者」


 堂々たる名乗りは、空間を共にする王や騎士、魔法使いたちに響く。その勇ましい姿は、どの絵画よりも力強く美しい。

 七色に光るビキニアーマーと、彫刻のような隆起した筋肉、獅子のたてがみを彷彿させる金髪。

 紫色の濃いアイシャドウに、真っ赤な唇は彼女の戦化粧だろう。

 何よりも、綺麗に縦筋が入り割れたケツアゴは、彼女の気迫を増していた。


 王は勇者のの姿を見つめ、その勇気に心打たれた。

「勇者よ、君の力と勇気を頼りにしている。この地に光を取り戻すため、共に戦お……」


 感動的かつこの世界が動く歴史的な瞬間だった、はずだった。

 ドンッ、大きい音が召喚の間に響き渡る。

 まさかの邪魔に中にいた人たちがざわめく。扉からは一人の若い騎士が転がるように走ってきた。

 彼の額は汗ばんでおり、目には焦りが見えた。

 その若者の姿に気づいた人々が驚きの声を上げたが、酷く息を切らした彼は縋るように王の前にひざまずく。


「王様、大変です。王太子さまが!」

 騎士の報告に、王は慌てて召喚の間を出て行く。その後を次々と追っていった。

 勇者もまた、何事かと一緒について行く。


 追って辿り着いたのは、大きな広間。そこでは舞踏会が開かれていたのか、大勢の貴族たちが集っていた。

 しかし、異様だったのは音楽が止まり、とある抱き合う男女を遠巻きに囲んでいるのが見えた。


「勇者召喚の宴の最中に一体何をしておる!」

「お父上!」

 王の激高に、囲われた二人の男の方が叫んだ。プラチナブロンドの髪と上質かつ高貴な服装が、彼が渦中の王太子であろうと勇者もすぐにわかった。


太子たいし嬢はどこへ!」

「彼女には、今まで彼女の義妹であり、私の愛しいクロア嬢への数々の悪逆非道を償うべく、ドラゴンのとして祠へと」

「そう、お義姉様は王太子の婚約者だからと言って、クロアのことをずっと虐めていたのです」

「おお……なんて可哀想なクロア。もう恐ろしい魔女は婚約破棄をし、今頃ドラゴンのだろう」

 王太子は自分の胸に抱く女性を、愛おしく見つめた。ピンクブロンドの女もそれに応えるようにしくしくと泣き始めた。

 しかし、王と勇者の目を誤魔化すことは出来なかった。なんと下手な芝居かと、女の手の隙間から見える涙の流れない瞳を見ながら、ただただ呆れた。そして、王の顔からは血の気が引いていた。


「なんてことを! 性悪なのはその小娘だ! 早く太子嬢を連れ戻せ! さもなくば、お前は廃嫡である!」

 王からの宣言に、王太子も流石に慌てふためく。


「お父上、もう転移陣で洞窟の中へと送ってしまいました!」

 勇者はその宣言を聞く。王は遂に王太子の愚行に跪いた。


「もう、おしまいだ。神の怒りに触れてしまう。ドラゴンからを救うなんて不可能だ」

 絶望としか言いようのない叫びだ。誰もが、手の打ちようがないと諦めた時、王の目の前に跪くものがいた。


「私が、必ずその令嬢を助けましょう」

 の凜とした声は大広間に響き渡った。その言葉と瞳には、強い闘志を宿していた。

 王は勇者のその熱き魂に触れ、顔に血の気が戻っていく。


「では、勇者に与えし、聖剣の間へ」

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「ちゃんと悪役令嬢フラグ回収してきたわよ」

「本当ですね! 良い繫がり方してますよ!」

 とっとと聖剣を引き抜いて、転移陣を使い、私はやっと洞窟へと戻ってきた。

 檻の中では、太子が美しいウェディングが着て、台本を読み直している


 新しい台本はかなり分厚く、今までの分割されていた展開が少しずつ繫がり始めたのを感じる。

 それに、まさか王太子役とクロア役の魂に、あの壊れた世界にいた二人がやってきたのは正直驚いた。

 どうやら壊れたのは、ご高齢の作家さんが連載として書いていたらしいのだが、老衰で亡くなってしまったと聞いた。

「とても素敵な作者さんだったんです」

 そう笑って言う二人に、私は思わずほっこりしてしまった。

 今は色んな世界を渡りあるきつつ、次の恋愛ものの作品を待っているとのことだった。


「お待たせしたドラ!」

 ドラゴンも他の世界から戻ってきたようで、やっと戦いのシーンの続きが出来るようだ。

 世界がどんどんと動いていく。その分修正とかやり直しもあるけれど、生きている心地がすごくするのだ。


「思えば、太子なんか技もらってたよね、『神の逆鱗』とかどんな技なの?」

「えーと、ドラゴンに相当なダメージ、入るみたいで、ちょっと練習がてらやってみますね」


 太子はそう言うと、美しい光を放つ白い杖を取り出した。

 そして、天に向かって、杖を掲げた。

「神の逆鱗!」

 太子の言葉とともに、杖から放たれるエネルギーは、白い稲妻のように洞窟の天井を貫く。

 そして、次の瞬間、轟音と共に今度は天井を貫く白い何かが落ちてきた。

 ドン! ドン! ドオオオオン!

 鼓膜を破るような衝撃。

 数多の雷と共に、白い大きな巨人の手が洞窟の地面を殴りつけていた。


「……は?」

 あまりにも強大な力に、私は思わず腰を抜かす。一瞬にして洞窟の天井が無くなってしまうなんて。

 太子もまた、檻の中であまりのことに絶句している。

 巨人の手は一仕事終えたといわんばかり、ゆっくりと天へと戻っていき、空の雲となって散り散りになっていった。


「お、俺の待機場所まで、イカれたッス!」

 ドラゴンが待機している後ろ側にあった宝物庫の扉も壊れ、その中にいたハムチーもまた恐怖のあまり転がり出てきた。


「おおーこれはちょっとやりすぎドラね。耐えられるか、微妙ドラ」

 歴戦の猛者であるドラゴンですらも、この惨状に少し引いており、顔が青くなっていた。

 完全にバランスを壊している魔法。私はキッと天を睨んだ。


「ちょっっと作者ああああ! これはやり過ぎでしょうがあああ!」


 私の怒りの叫びが届いたのだろか、ひょっこりと大きな作者が顔を出した。


「だって、可愛い子がエグい技、ぶちかますのってロマンじゃーん」

「それでも、限度ってものがあるでしょ!」

「ええーご都合主義でも良いって言ってたのに」


 納得いってないのか、ちょっと拗ねたように作者は口を尖らせる。

 お前がやっても少しも可愛くないんだよ、と思わず叫びそうになるのを必死に堪えた。

 なんと反論してやろうかと思った時、意外なところから声が上がった。


「段階を踏んだ方が、こう! 成長感あるとおもうんです!」

 檻の中にいる太子だった。意外な助け船に、私も驚いたが、それ以上に作者が驚いている。


「うーん、太子が言うならもう少し、弱くするわ」

 作者はそういうと一時的に消える。暫くして、台本がキラリと光った。

 中を開くと、先ほどの太子の技が『神の怒り』という名前へと修正されている。


「修正した。雷だけにしたよ、太子きゅん」

 修正から戻ってきた作者の褒めてほしそうなアピールに対し、太子は「流石作者様、ありがとうございます」と百点満点のお礼の言葉を返した。おかげで、作者はでれでれと鼻の下を伸ばし、「それほどでもぉ」なんて頭をかいている。


 では、私はと言うと、わざわざ太子を名指ししていたからなとは思いつつ。

「早いわね、助かるわ」

 と、大人としてちゃんとお礼を口にする。

 作者は意外だったようで、「ケツアゴも、偶には優しいんだな」と少し嬉しそうに笑った。


「ケツアゴと呼ぶな! ……ったく、さて、そろそろ続きやるわよ」

 お礼なんて言わなきゃ良かった。私は自分の対応に後悔しつつ、さっさと自分の立ち位置へと向かう。壊れた洞窟も、一瞬にして元通りの形へと戻っていった。


 私の合図に、各々自分たちの場所へとスタンバイする。


「それじゃあ、私たちの物語の続き始めるわよ」


 そう、この『はじまりの物語』は、本当に始まったばかり。


 私たちの物語は、これからなのだ。



 

おわり

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属性盛り過ぎド素人異世界ファンタジー小説で出オチ主人公してます ~私の名前は、ケツアゴカチワレーヌ~ 木曜日御前 @narehatedeath888

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