ふふふ……あのひところされちゃうよ……ササクレ様にころされちゃうよ……ざぁこざぁこ♡

雪車町地蔵

ササクレ様の祟り

 因習村潜入脱出RTA。

 それはいま、もっともホットでナウいスポーツだ。


 世界各地に点在するしみったれた過疎地を訪れ、その土地で信じられている古い習慣や祭られている神さまを冒涜、しかるのちする。

 そういうルールの上で成り立つ競技。

 全国に一億六千万ユーザーを誇る最強バトルであり、俺はその走者だ。

 ……まあ、やるのは初めて、つまり初心者なんだけど。


 今日訪れているのは、日本でも数少ない異国情緒豊かな因習村。

 村の入り口には『熱烈歓迎! 稀客来々』と記された横断幕が張られており、いくつもの出店が出ている。

 売られているのは基本点心で、双子の幼女がチャイナドレスを着て接客していた。


 よし、まずはあの双子から話を聞こう。

 はじめまして、お嬢ちゃん。おすすめの点心ある? 甘くないやつ。


「ふふふ……おにいちゃんころされちゃうよ……」


 マジで言った! うおー! テンション爆上げ!

 動画とかでは見ていたけど、こんなテンプレセリフ喋る生き物が現代にいるなんて感激だ!


「ころされちゃうよ、この〝120年に一度しか花が咲かない開運の笹〟を買わないところされちゃうよ……」


 メチャクチャ具体的にスピリチュアルな商品を売ってくる双子だ……。

 しかし、この圧力自体がたぶん一種の因習だろう。

 ならば屈しない、答えはNOだ。


「ふふふ……この村に来る人はみんな買うよ……いまなら大特価だよ……」

「やすいよ……やすいよ……命に関わるお守りだよ……」


 双子が押しつけてこようとする商品を押し返し、あいにく文無しでねと答えた。

 するとふたりは顔を見合わせ。

 哀れなものを見るような顔で笑う。


「うふふ……ざぁこざぁこ、甲斐性無し」

「笹も買えないとか今後の人生が不安」

「だから……おにいさんはころされちゃうよ……」

にころされちゃうよ……」


 さすがにテンション爆下げだ……。

 笹を欲しがるからササクレ様。

 あまりにも安直すぎないか?

 それでも気を取り直した俺は村へと入り、因習村潜入脱出RTAにエントリーした。


 万一の時は村に責任がないことを明記した書類へサイン。

 いよいよ競技開始である。


 まずはやはり鉄板の、現地民ふれあい情報収集から!


「ニーハオ、お若いの。よいか、決して山の上の祠を壊してはいけませんぞ。あと、笹は持って行きなさい」

「祠の話? あそこには定期的に生贄を捧げるネ……野菜とかも供えるヨ」

「あそこには恐ろしいものがいるアルよ……村の者は誰も近づかないアル……」

「アイヤー! おまえ、ササクレ様に会うつもりなんか! 悪いことはいわねぇ、いまから猟銃の所持を警察さ行って認めてもらってこい! 水餃子食い終わるまで待ってくれたら付いてってやるから!」


 などなど、聞き込みをすればするほど、胡散臭い話が出てくる。

 しかしここまで情報が出れば十分だ。

 山の上の祠に行き、それを破壊すれば〝ササクレ様〟が出てくる。

 こいつを倒して生きて戻れば俺の勝ち。

 たぶんそういうやつに違いない! 動画でいっぱい見た。


 というわけで、やたらめったら俺を引き留めようとする村民をオールシカトして山まで来たのだけど……そこは不気味なほど静まりかえっていた。

 虫の声一つ聞こえないし、動物の気配もない。

 さすがにちょっと身震いしつつ探索していくと。

 ……あった。

 祠だ。


 いや、本当に祠か?


 その小さなお堂みたいなものからは、いくつも配線が伸びており、周囲に張り巡らされた有刺鉄線へ繋がっている。

 試しに落ちていた棒きれを拾い、有刺鉄線へと投げつけてみるとバチィィィ!

 火花が散った。


 ……高圧電流が流れている。


 え、まって、なに?

 これはマジで祠なのか?

 こういう展開は、さすがに見たことがない……。

 しかしこれ以外、何かを奉っている様子の建物もないので、俺はいよいよ腹をくくる。

 走者の標準装備であるバールのようなものを取り出し、一息に祠へと振り下ろした。

 バキッ!

 結構簡単に壊れる祠。


 なんだ、思ったほどではなかったな。

 俺は勝ち誇りながら下山しようとして。


 強烈な、殺気を感じ振り返った。

 壊れた祠の背後、森の奥から、凄まじいプレッシャーが放たれている。

 木々が揺れる、揺れるどころかなぎ倒された。

 正面にあった大木が音を立てて砕け散り、俺の顔に破片がめりこむ。

 痛みに悲鳴を上げたかったが、俺は息を呑み言葉を失ってしまう。


 なぜなら。

 森からやってきたもの。

 白と黒、ツートンカラーをしたその巨体は。


 ――パンダ、だったのだから。


 あらかわいい。

 芸とか出来ないのかな? ほら、お手をしてごらん? お手。


 と、突き出した右手が、ゴキンと根元から明後日の方向を向く。

 えっ? と思う間もなく、パンダの剛腕が、俺の腹を突き刺した。

 ミチミチと音を立てて腹筋がちぎれ、なすすべもなく吹き飛ばされる。


 ボロ雑巾のように地面へ転がり。

 俺はようやく、パンダの異名を思い出していた。


 大熊猫。


 パンダは、パンダじゃない。実質巨大熊なのだ!

 逃げなければ。

 勝てるわけがない! 人がクマに!


 だが、パンダは俺を逃がしてはくれない。

 追いすがり、足下に噛みつこうとしててくる。

 このままじゃ殺される。


 脳裏を走馬灯のようによぎるのは、先ほどまで出会ってきた村人たちの言葉。

 それらは全て、パンダを示す言葉だったのではないか?

 ああ、だとしたら。

 このクマこそが。

 このパンダこそが。


 ササクレ様で――


「ふふふ……おにいちゃんは死なないよ……」

「死なれると村に人が来なくなるからね……」


 突如、聞き知った声が響くとともに、パンダの前に何かが降ってきた。

 それはイネ科タケ亜目に属する植物。

 即ち――大量の笹!


「ぐるるるる……きゅうう……」


 パンダは俺のことなど一瞬でどうでもよくなったようで、目の色を変えて笹に貪りつく。

 あっと言う間に食べ尽くし、「もっともっと」とせびる。

 するとまた笹が提供され、パンダは釘付けになった。

 その間に、俺は両脇から抱え起こされる。


「よわよわおにいちゃん、帰るよ」

「ふふふ、治療費は後日請求するね……分割払いがきくから甲斐性無しのおにいちゃんも安心だね……」


 どこから現れたのかは解らない。

 だが例の双子が、俺を引きずって下山してくれる。

 助かった、生きて戻ってきたのだと理解して、俺は失禁しそうになった。


「ふふふ、はずかしい」

「おもらしおにいちゃん、ざぁこ、ざぁこ」


 ……どうやら、今回のバトルは俺の負けらしい。

 メスガキの煽りだって甘んじて受け容れるぜ。

 しかし、どうしてもこれだけは言っておきたくて、俺は死にかけたまま双子へと向き直った。


 あのさぁ。


「なぁに敗北者おにいちゃん?」

「どうしたのくそザコおにいちゃん?」


 ……やっぱり、笹をもっとくれもっとくれってせびるパンダだからってササクレ様って名称は、安易すぎないか?


「盲点♡」

「実質課題点?」

「とりあえず……おにいちゃんをしょす?」

「……ムカついたから、処す」


 俺の一言は、どうやら彼女たちの逆鱗に触れたらしい。

 そのままUターンして、ササクレ様のもとへ連れて帰られそうになった俺は、双子に向かって泣きわめきながら謝罪をすることになるのだった。


 こうして、俺の因習村潜入脱出RTA、はじめてのチャレンジは。

 目も当てられないような大失敗に終わった。


「白黒ついたからいいじゃないお漏らしおにいちゃん」

「またのお越しをお待ちしています、つぎはおむつ持ってきてねおにいちゃん」


 うるせー! 二度と来るか!!

 ……などと言いながら、彼女たちに会いたいがため、俺は数ヵ月後二度目の挑戦をすることになる。

 そのときは、ササクレ様以上にやばい怪異と遭遇するのだが……。


 それはまた、別のお話である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ふふふ……あのひところされちゃうよ……ササクレ様にころされちゃうよ……ざぁこざぁこ♡ 雪車町地蔵 @aoi-ringo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ