【KAC20244】ささくれデイズ

めぐすり@『ひきブイ』第2巻発売決定

再開のささくれデイズ

「また指先から血を出してる。はい、手を出して」


「いいよ別に。クリーム塗ったり絆創膏貼ったりしたらゲームしにくくなるから」


「よくない! せっかくシズクちゃんは綺麗な指をしているのにもったいないでしょ」


「ネイルしたら誤魔化せる」


「ささくれは誤魔化せないでしょ! 一人暮らし初めてからちゃんと食べてる? ささくれは睡眠不足や栄養不足が原因だって聞くよ。そもそもシズクちゃんは血が出るまで掻きむしる癖があるから。カサブタとかも剥がしちゃうし。肌にあと残ったらどうするの。美人が台無し――」


「――ストップ! 小言が長い! マイはオレの母親か!」


「妹だよ! シズクちゃんがズボラなのがいけないんでしょ。そんなクール系のできる美女の雰囲気を漂わせているくせに。少しはイメージを守りなさい!」


「その要求は理不尽すぎるだろ!」


 ああ言えばこう言う。

 義妹歴はまだ三年ほどのくせ。

 付き合いの長さで言えばもう十年ほどの幼馴染だ。

 両親の出会いが小学校のPTA活動。

 ウチはシングルマザーでマイの家はシングルファザー。

 仕事があり、共に参加できる家庭状況ではなかったが、一人親同士の助け合いの中で交際をスタートさせたらしい。


 学年は違うが、オレ達は同じ学童保育の子供ということで、放課後に共にを過ごすことが多かった。

 そこで年上として、先輩としてお姉さん振っていた頃からの付き合いになる。

 思えばその時に理想のお姉さんとして、頑張り過ぎたのがいけなかったのだろう。

 小学校を卒業しても関係が切れることはなく、中学生になってもマイの前では完璧に振る舞わなくてはいけなかった。

 そしてマイが高校生になり、子供の環境が落ち着いた頃を見計らって親同士が再婚し、名実共に姉妹になってしまった。


 まあ一緒に住めば現実を知るわけで。

 恐れていたマイからの幻滅はなかったもののオレは理想のお姉さんから、妹に小言を言われ放題の姉に転落したわけだ。


「ねぇ……シズクちゃん。どうしてウチを出て一人暮らしを始めたの? 大学は家から通える距離だよね」


「そりゃあ……まあ一人暮らしへの憧れとか」


「憧れるなら自己管理しなよ。ますます美しさに磨きがかかっていったから、最初は美容を気にしてダイエット始めたのかなと思っていたら、ただの不摂生でやせ細って儚げな美少女化しているとか、想定外過ぎて気づくのが遅れたんだから」


「……褒められてるの? 貶されているの?」


「褒めながら貶しているの! 自分の容姿を考えなさい! 部屋でもだらしなくして。玄関で出迎えられたときは卒倒しそうになったよ! 下着姿にシャツを羽織っただけだったから。宅配便の人とかだったらどうするの!?」


「このマンションは下に宅配ボックスあって宅配便来ないから。それにマイだってわかっていたし、まあいいかと。マイ以外の前であんな格好しないよ」


「当たり前だよ! もしもシズクちゃんのあんなあられもない姿を他の人に見られたら警察沙汰だよ! 主に私が!」


「警察!? ちょっとマイなにするつもりなの!?」


「聞きたいの?」


「ごめん……やめとく」


 マイが瞳に闇を宿したときは深く聞いてはいけない。これは子供のときからの処世術だ。人間には触れてはいけない闇がある。


「やっぱりシズクちゃんに一人暮らしは無理だよ。実家に帰ろ?」


「いや……一年間近くできているし無理ってことはないでしょ。これでも家事はできるんだよ。料理だってマイより得意だし」


「できてもやらないのがシズクちゃんでしょう! やっぱり私のお父さんと一緒暮らすのが嫌だったの?」


「おじさんのことは別に」


「洗濯ならシズクちゃんがいるときから別だよ?」


「なにその悲しい現実!? 今始めて知ったよ!?」


「ほらシズクちゃんは警戒心がない。血の繋がらない父親なんて年頃の娘ならもっと警戒しないと!」


「実父! オレからすれば義父でもマイからすれば実父だから! そんな親不孝発言やめて! おじさん可哀想だから!」


「私はシズクちゃんの無防備さが心配だよ」


 オレはおじさんの心が心配だよ。

 繊細な人なのに。


「そんなわけで来月からシズクちゃんは私と住むから、同じ大学だし一緒に二人で住める新居探しに、今から不動産行こ」


「えっ!? ちょっと待って聞いてないけど」


「うん。今言った」


「一体どういうこと? 大学はウチより偏差値高いところを受験したんじゃ」


「あそこは落ちたから、滑り止めでシズクちゃんと同じところに通うことになったの。薬学部だから学部は違うけどね」


「……マイが落ちるなんて」


 たぶんわざとなのだろう。

 マイは成績優秀だったし、直近の模試でも難関国立大学でA判定が出ていた。

 対してウチの大学は中堅どころの公立大学。

 薬学部だから偏差値が低いわけがないけど。

 いやマイのことだからオレの通う大学で一番偏差値が高い学部として薬学部に的を絞ったが可能性もある。

 昔からそういうところに頭が回ったから。


「いやそれよりもオレと一緒に住むって」


「甲斐性なしのお父さんから言われたの。『娘二人も一人暮らしさせることはできない。ウチから通える距離だろ?』って私の一人暮らしは認めない方針みたいだったから」


「そ、そう相変わらずおじさんはマイに対して過保護だね」


「シズクちゃんと広い部屋で二人暮らしならばいいという言質を今朝取ってきた」


「今朝!? 朝からおじさんと戦って言い負かしてきたの!?」


「これ以上反対したら『お父さんキモい』を毎日言い続けるって言ったら折れてくれたよ」


「心叩き折ったよね!? 親不孝過ぎない?」


 朝から言い争いをしていたから、今日のマイはおじさんに辛辣なのか。

 いや普段からかなり辛辣だった。


「そんなわけで私達の新居を探しに行くよシズクちゃん」


「じ、実家から通える距離だよね。マイは家から通えば……」


「それをシズクちゃんが言う?」


「う……でも女の二人暮らしなんて危ないし」


「シズクちゃんの一人暮らしよりも安全だよ」


「うぐ……」


「まさか私と住むのが嫌なの?」


「そうじゃない! でも危険だから」


「だから一人で住むより安全だって。もう二人で住むって私が決めたの! 文句ある?」


「……このわがまま」


 こうなったマイは絶対に自分の意志を曲げないだろう。

 本当に危ないのに。

 オレと二人暮らしなんて。

 昔から心がささくれ立つことが多かった。

 片親だからかと思ったらそうではなくて。

 女性として振る舞うことが窮屈だったのだ。


 自認する性別が異なっていたのだ。

 そして恋愛対象と見る相手も女性で。

 昔からマイは一番良く思われたい相手だった。

 たまに会う先輩後輩の関係ならば我慢できた。

 けれど同じ家に住むようになり、心がささくれのように痛みだした。


 最初は意識できないほどに少しずつ薄皮が剥がれていく。

 わずかな触れ合いに剥けた皮が引っかかり、痛みを覚えていく。

 心の問題と恋心を打ち明けてしまえば楽になるかもしれない。

 でもようやく再婚したばかりの両親に心配させたくなくて、二人には幸せになってほしくて、親不孝なことをしたくなくて。


 これ以上一緒に住むのは無理だと悟って、大学進学を機に家を出たのに。

 まさか二人暮らしすることになるなんて。


「楽しみだなぁ〜シズクちゃんと二人暮らし」


「……そうだね」


「むぅシズクちゃんは嫌なの? 私と暮らすの」


「ううん、マイと一緒にいるのが嫌なわけがないよ」


 ただ心が痛いだけで。

 心のささくれが一枚一枚剥がされて、いつか剥き出しの心がマイを傷つけてしまうのが怖いだけで。

 指先からじんじんと甘い痛みが伝わって来るささくれのような日々がまた始まった。





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