はこのなか【KAC20243】

めぐめぐ

はこのなか

 その家には、年老いた老人が一人で住んでいた。

 噂によると、以前は妻と息子と息子の妻との四人暮らしだったらしいが、今は、こいつだけが家にとり残されているらしい。


 近所の噂によると、爺は息子夫婦とそりが合わず、結局妻だけ息子夫婦と同居をするために、ここ離れたんだとか。

 まあ、見た目も汚らしい偏屈そうな爺だったから、息子嫁が嫌がって別居になったんだろうってのが、俺の予想だ。


 他の住人達も、多分俺と同じようなことを思っていたみたいで、一人で暮らす小汚い爺に関心を寄せる奴はほとんどいなかった。


 なんせ、爺がくたばってねえか確認しにきた民生委員を、「箱が……箱が……」とか意味不明なことを言って追い返すような偏屈爺だったからな。

 それに、時々買い物とかで外に出ているときなんかは、箱がなんとか、などとブツブツ呟いているらしいし、完全にボケはいってるだろ。


 だがこいつ、資産家だった。

 こんな老い先短い爺に使われずに消えていく金がもったいない。


 ってことで俺は、悪友AとBを誘って、この家に強盗に入ることにした。


 俺たちは深夜、爺が閉め忘れていた一階の窓から侵入した。さすが資産家ということもあり、部屋の中には高価な装飾品が並んでいる。


 俺たちは持ってきた袋に、手当たり次第に装飾品を詰めこんだ。

 だがこの程度じゃ満足しない。


 本番はこれからだ。

 俺たちは爺の寝室へ侵入し、寝ぼけ眼で俺たちを見ている爺を縄で縛りつけた。


 叫び声をあげさせないように爺の口をガムテープで閉じたが、爺は抵抗しなかった。ずっと髭を剃っていないのか、4㎝ほど伸びた髭にガムテープが付着している。剥がすときは、痛いだろう。


 爺の前にしゃがみ込んだAが、凄みを利かせて尋ねる。


「確かこの家には、もっとすごい財産があるんだよなあ。その場所を教えろ」


 爺は抵抗することなく、ウンウンと頷いた。

 

 俺とBは従順な爺の態度に、満足そうに顔を見合わせて笑った。ノリではじめた強盗にだが、あまりにも簡単で笑いがでそうだ。


 俺たちは爺に財産のありかへと案内させた。


 辿りついたのは、一つの部屋。

 部屋の中央には、金色の装飾がした箱がおいてあった。ゲームに出てくる宝箱みたいな感じだ。結構大きくて、大人が身体を丸めれば、すっぽりと入ってしまいそうなほどだ。


 だが部屋の中にあるのは、これだけ。

 他の部屋には、色々な調度品や家具が置いてあったから、逆に異様だった。


 しかしAとBは気にしていないようだ。目の前の箱の豪華さに、目出し帽から見える瞳をキラキラさせている。


「鍵はかかっていないな?」


 若干テンション上がり気味にAが尋ねると、爺は頷いた。


 俺たち三人は顔を見合わせると、示し合わせたようにBが箱に近づいた。見た目からして重そうな蓋を上にもちあげると、年代物なのか、ギギッと金属が軋む音が響いた。


 俺とAがいる場所は、ちょうど箱の後ろ面のようで、箱を開けても、中身おろかBの顔も見えない。だが、


「な、なんだこれ……なんだこれはっ!」


 箱の中身を見たBが叫びながら、尻餅をついた。一体何が入っていたのだろう。だが俺とAが近づこうとすると、Bが言葉で制した。


「ちょっと待て、近づくな! こ、これは、すごい……なんだこれ、すごい! すごい……すごい、すご、いすごいすごいすごいすごいすごいすごいすごいすごいすごいすごい、ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああっっっっっっ……」


 箱の中を凝視しながら叫ぶBの言葉に、異様と思えるほどの熱がこもっていた。もう最後の方はただの叫びになっていて、何を言っているのか分からない。


「ああ、すごい、なんだこれは。おれはいままでこんなものをしらずにいきてきたのか? しんじられない、おれのいままでのじんせいは、いったいなんだったんだ? なんだったんだ? なに? なになになになになに……」


 目の前の何かに陶酔しているかのうように、うっとりとしてた声色でBはつぶやき続けながら、Bは箱の中に顔を近づけた。


 箱の中に頭が消え、上半身が消え、やがて全身全てが箱の中に収まってしまった。俺たちから見ると、まるで人間の身体とサイズの合わない箱に入る手品を見せられたような感じだった。

 Bの全身が消えると、彼の呟きがピタリと止まった。


「お、おい、どうしたんだよ、B!」


 Aが箱に近づいた。だが開けっ放しだった箱の中を覗き込むと、


「あっ……ああっ……お、おれ、は、」


 悲しそうな呟きと共に、何故かボロボロと涙を流し始めたのだ。


 はじめは、箱の中のBに何かがあって泣いているのかと思った。だがAは跪き、祈るように両手を組んでいた。

 目出し帽から見える瞳と口元には、先ほどのような凶暴さはなく、まるで安らぎをみつけたような穏やかな微笑みが浮かんでいた。


 長い付き合いだが、こいつがこんな表情を浮かべているのを初めて見た。


 Aが身を乗り出し、頭から箱の中に入った。Bのときと同じく、頭が消え、上半身が消え、全身が箱の中に収まってしまった。


「ああ、今までのおろかなおれをおゆるしください、あ、ああぁ、おゆるしをどうかどうかどうかどうかどうかどうかどうかどうかどうかどうかどうかどうか……」


 箱の中に消えるまで聞こえていた何かに対する懺悔が、ピタリと途切れた。


 俺の目の前で、AとBが消えた。

 箱の中を見て、突然態度が変わり、そして……中に収まった。


 なにが起こったのか、わからなかった。


 ただ老人の資産目当てに強盗に入り、資産が入っていると思われる箱に案内され、箱の中を覗き込んだ二人は箱の中に消えた。


 いや、そもそもあのサイズには大人二人は入らない。せいぜい一人が小さく丸まって入るだけで精一杯のはずだ。二人はどこにいった?

 

 怖かった。

 悪友たちが消えたことが怖かったが、それ以上に、


 二人が何を目にし、箱に入ったのか、それが気になって気になって気になって気になって気になって気になって気になって気になって気になって気になって気になって気になって気になって気になって――気が狂いそうになっている自分が、怖かった。


 老人が俺を見ている。

 だが爺から何かを聞こうという気にはならない。


 もし爺から答えを聞いたとしても、今の俺は、箱の中身をその目で見なければ納得できないから。


 俺は、箱に近づいた。


 そして、開けっ放しになった箱の中身を見た。



 ああ、こ、これは、、、あああああ、これは、これはぁぁぁぁい、いや、いやだ、いやだ、たすけて、、たすけ―――あああああああああああああぁぁぁああああああぁぁぁぁぁあああああああっっっっっっっっっっっっっっぁあぁぁあああああああああああああっっっっっっっっっっっ……


<了>

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