沖浦数葉の冒険 ―箱の中で―

広瀬涼太

箱の中で

 フルダイブ型VRMMO、『グレード・ライフ・オンライン』。

 いつものようにこのゲームのデバッグのアルバイトに来ていた俺の目の前で、沖浦おきうら数葉かずははどこからともなく一つの宝箱を取り出した。


 自分の体より大きな、一体それどこにしまってた、とツッコミを入れたくなるサイズの宝箱。

 とはいえここはVRのゲーム内だから、そんなことは大きな問題じゃなかったりする。


 今日の数葉はいつものファンタジー風の衣装ではなく、セーラー服を纏っている。そして俺もなぜか、学生服を着せられていた。

 それこそ、俺たちの現実世界での姿、高校の部活の時とあまり変わらない。


「……ここにミミックがいる」

「いやミミックかよ! すでに嫌な予感しかしないんだが」

 ミミックとは本来、擬態ぎたいを意味する生物学の用語なんだが、ゲームだと主に宝箱なんかに化けたモンスターということになる。


「で、これをどうすればいいんだ」

 テストプレイなんだから、わざと引っ掛かって戦闘とかそういう流れになるんだろうが……。防御力の低い学生服なのもそのためなんだろうか。


「……開けて」

 ああ、やっぱりそうなるか。

 テストプレイしてバグ探すのが俺たちの仕事だからな。


 虎穴に入らずんば虎児を得ず。トラの幼獣なんて何に使うのか知らんけど。


 宝箱の前にひざまずき、ふたに触れた瞬間、こちらが開けるより先に中身が飛び出してきた。クリーム色のマントのような薄い肉の塊が目の前に広がる。


「ぬおっ!?」

「ひゃあっ!」

 とっさに後ろに飛び退ろうとして、間近にあった何か……いや、数葉だこれ……にぶつかった。

 そのまま二人とも、肉のマントに包まれたまま引きずられる。


「ぐっ!」

「んにゃっ!」

 何とか抵抗しようとしたが耐えきれず、軽い痛みととともに箱の底に叩きつけられた。その上からさらに数葉が落ちてくる。

 ミミックのふたが閉じれば、当然その中は真っ暗だ。


「明かりを……」

「……ん、今、点灯する」

 数葉の声が、いつになく近い。

 二人であの宝箱に入ったら、まあそうなるだろう。


 急に視界が明るくなる。数葉のガイドフォン……ステータス管理やアイテムボックスなど、ゲーム内の操作を受け持つスマートフォン型の端末……が光源となった。


 そこでようやく、現状が判明する。

 人が二人入ればかなり窮屈な箱の中、四つん這いになった俺の上から、数葉がうつ伏せで覆いかぶさっている状態だ。別の見方をすれば、数葉をおんぶした状態で前に倒れたような形。

 どうしてこうなった。


「……ねえ、これ、よく漫画で見るやつだよね」

「ミミックが?」

「……ううん。二人で閉じ込められるやつ」

「それ普通ロッカーでやるやつじゃないか」

 確かによくみるやつだが、ミミックは見た事ないぞ。

 いや……もしかして、高校生には見られないところにあったりする?


「やっぱり学生服指定したのも、これがやりたかったからじゃ……」

「……そんなことは、ない。防御力高すぎると、いいデータが取れない」

「ほんとに?」

「……じゃあ、こっち向いて、私の目を見て?」

「いや無理!」

 俺の女性恐怖症の治療にしても荒療治すぎるだろう。


「数葉まで一緒に入る必要あった?」

「……そ、それは、監督責任というか……」

 学校では同級生だが、このバイト先では彼女の方が先輩だ。

 いや、単にプレイしてバグを見つけるだけの俺に対し、プログラマー見習いでもある数葉は上司みたいなものと言っても過言ではない。


 しかし今は文句を言っている余裕はなさそうだ。

 俺の視界の端を、30という数字が流れ落ちていった。


「いかん。ダメージ受けてる」

「……ミミックだから」

「消化される!?」

 さっさとなんとかしないと。


「これ、二人で入ったらまともに武器も振れないじゃないか」

「……思ったより狭かった」

 これもテストプレイのうちかも知れんが、下手に動いたら数葉に当たる。


「この狭さでは、下手に魔法とか使っても受けるのは俺たちだぞ」

「……じゃあ、召喚獣でも呼ぶ?」

「召喚獣? そんなのいたのか?」

「……大地を破壊し、海を破壊し、空を破壊し、そして全てを破壊するバッファロー」

「そんな勇者の必殺技みたいなバッファローがいるか! 多分それ俺が真っ先に破壊されるぞ」

「……で、どうするの?」

「まずはこいつがどういうものか調べてみるか」

 鑑定のスキルもあるが、ひとまず自力でやれるところまではやってみるとしよう。


「ミミックというと、魔法で作られた人造生物のイメージがあるが……だとすると魔法を使う必要があるな。まずは普通の動物という前提で調べてみる」

「普通の動物?」

「漫画なんかだと、ミミックの正体は軟体動物か節足動物というのがあるが……」

 宝箱の内側は、一瞬触れた外側の箱の感触と違って、弾力のある肉のようなもので覆われている。


「この感触は、軟体動物っぽいな」

 今のところスリップダメージだけで、積極的に攻撃してくる様子はなさそうだ。


「貝やオウムガイとか、ある種のタコみたいに自分で宝箱型の殻を形成するタイプか、それとも既存の宝箱に侵入して利用するタイプか……」

「……敵の感触ばっかり調べてないで、こっちの感触も確かめてほしいな」

 背後で数葉が何か言ってる。やめろ体重掛けんな。


「そっちは脊椎せきつい動物っぽい」

「…………ぶぅ」

 この人、自分の仕事忘れてない?


「軟体動物なら、心臓もあるはず」

 自分の身体の下にある肉を触診のように押して、その内側を推測する。

 精神を手のひらと耳に集中し、敵の脈動を感じ取る。


「底になければ、ふたの裏か、もしかしたら二重底の可能性も……」

 口を閉じれば、自分の鼓動と呼吸音だけが聞こえる。

 いや、もうひとつ背中の方から何かの生き物の気配と……あれ? まさか、これ……。


「ちょっと待て。このゲーム他のPCプレイヤーキャラクターの鼓動とか、わかるようになってる?」

「…………ふぇっ!?」

 俺の言葉を理解するのにしばらく掛かったようだが、急に焦ったように動き始める。


「落ち着け暴れんな!」

 数葉の動きに反応したか、ミミックの中身まで動き始めた。

 ダメージも一気に上がる。


「……や、違うの! 違わないけど、でも、そんなつもりじゃ……!」

「わ、わかったから、落ち着け!」

 ミミックの中が急に狭くなったように感じる。


「ま、待って! ギブアップ!」

 さらに、背中側から数葉の重みが加わって――。


    ◆


 気付けば、自室のベッドの上にいた。

 ベッドに運ばれたとかではなく、VRバーチャルリアリティの世界から戻ってきただけだ。


「はぁ……はぁ……」

 息が荒い。

 着ていたTシャツは汗まみれで、心臓も激しく脈打っている。

 ヘッドギアの赤いランプが点滅している。

 安全装置が働いて、現実世界に呼び戻されたようだ。


― ごめん。後で連絡する ―


 そんな数葉からのメッセージがスマホに届いていた。


    ◆


『……いい知らせと悪い知らせ、どちらから聞きたい?』

 スマホの向こうから、現実世界でもVRでも変わらない数葉の声が聞こえてくる。


「悪い知らせで」

『……怒られた』

「だろうな」

 これ、俺も謝りにいかないといけないやつか?


『……それから、うちのバイトが迷惑掛けたから謝罪するって』

「それはいいよ。悪気があったわけじゃなし」

 結構よく暴走するけど。


『……もう一つ。ミミックは一度に複数人入れないよう制限が掛けられた』

「それがいい知らせ?」

『……悪い知らせ』

 悪い知らせなのか、それ?


「じゃあ、いい知らせは……」

『……ミミックの二重底の仕掛け、採用された』

「えっ、単なる思い付きで言っただけなのに」

『……だから、もっと色々アイデア出してほしいって』


 ゲームプログラム関連では、たいして役に立てないかと思っていたが。

 それでも、数葉に頼りにされていると思うと、何やら心臓の鼓動の高まりを感じる。それはさっきまでとは違い、決して不快なものではない。


 少し前までは女性恐怖症で悩んでいたが、少しずつ改善してきたらしい。

 まあ、いつまでも引きずるわけにもいかないしな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

沖浦数葉の冒険 ―箱の中で― 広瀬涼太 @r_hirose

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ