パーティー・チューン
三月
前編
ぼくの叔父が亡くなった原因というのは一通り明白なもので、喫煙習慣を止めなかったからに違いない。例えば叔父のオフィスを訪れると事務員などいない筈なのに到底ひとり分の肺で賄い切れない量の煙が立ち込めており、彼がぼくの顔を見てようやっと気付いた様に片開きの窓のノブを捻って開けると、換気というより前の通りへの空気汚染といった感じで押し込められた
つい先ほどぼくは"亡くなった"と記述したが、間違ってはいないだろう。というのも正確には、叔父は失踪しているからである。ある日ぼくがオフィスに顔を出すと何故か換気してあるがまだ匂いのきつい部屋の中には、地面が割れようが飯時といった所定の時間の
どちらにせよ共通の所として、あの人は長生きできる体ではなさそうだった。失踪前のことだが、十数年ぶりに受けた健診で要検査を勧められたのを機に叔父を赤十字病院へと引っ張っていきレントゲン室に放りだした事がある。検査の後には医者が深刻そうな顔で、事実深刻な話をした。肺胞に続く血管がほとんど詰まりかけていて肺気腫が大分進行しているようである、とつらつら述べるのである。叔父は「専売公社に積み上がる位の金を納めて、代わりに肺を壊されるなんてね」と零すと、訴訟でもしてやろうか、なんて
そう、彼には冗談のセンスが備わっていなかったのである。
失踪した当人は実に気楽なもんだが、残された方はそれほど大らかに構えられる訳ではない。叔父の名義のついた色々の管理を手伝っていると、人間とは生きていくだけでこんなに金が掛かるモノなんだと驚いた。確かに自由と人権の保障という言説には、それを維持管理するための金の重要性が含まれていない。親類縁者の人々は一刻も早く彼を亡き者として処分したがっていた。"本人不在"という事態はある一定の地点までは利益を生むのだが、需要・供給グラフの均衡点と同様に、そろそろ損する一方の地点に差し掛かってきたからである。
そんな理由で端的に言えば叔父は殺され、すると次には葬式が開かれる。失踪者の場合にも通夜や告別式は行われるようであり、ぼくは最近買ったクリップ式のワンタッチネクタイと吊るしのスーツに長財布だけ持って母方の実家の方に帰ることとなった。その後の流れは人類数千年の歴史における何十億もの先例に倣って、いつもの通りに式が執り成される。
そして、到着した日の夜にはもう始まっていた。ぼくは式が中断する合間で図った様に出てくる食事の
「あのな、ユウちゃん」と親戚がぼくに呼び掛けたので、ぼくは聞いてますよ、と云うみたいに口を動かすのを止めてそちらを向いた。
「ちょっと来てくれんか」
「ああはい」と返事して一部屋跨いだ先の和室に入ると(この家はほとんど何処も和室様だけど)襖を閉めて、ぼくとぼくを呼びつけた彼――その親戚の男の事をぼくは慣例的に"カモさん"と呼んでいたけれど、下の名前までは判然としないから依然このままで――とは正対する形になった。
「ちょっとした事なんやけど、コレ貰っといてくれんか」
「いいですけど、これは?」
「あのな、かなり前に(『か』と『な』の間にイントネーションを挟みながら)
「叔父さんの?」
「うん。多分進学祝いとか何かに、とっとったんじゃないんかな」
「あの人にそんな甲斐性ありましたかね」
「あれ、ユウちゃんは可愛がられとっただろ?」
「確かに付いて回ってましたから、きっと面倒は掛けたでしょうね。とにかくそんな事なら貰っておきます。カモさんの手間を掛けてしまって…」
「ええよ、かまんかまん。あとで酌でもしてくれな」
ぼくはその封筒を外から手で包むようにして確かめてみた。どうやら紙幣ではないらしいので一旦広間に戻って、そこから家全体を見て右ウイングの部屋に入っていき、何故か仏壇の傍に置かれてある筆記具置きからハサミを取って開けて、中身を出すために斜めに倒して中身を滑らせた。
じゃら、と手の平で音がして目を留める。それはキーホルダーの付いた鍵だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます