【KAC20244】なんだかんだ、絆されている

草乃

✱ なんだかんだ、絆されている

 ささくれだつ心を癒やしてくれるのはいつだって生き物だ。一生を共にする責任も覚悟もなんだったら金もないから、動物園や動物カフェにお世話になるしかないが。

 だがそのささくれを作るのもまた、人間という生き物なのだ。生き物、範囲が広すぎる。



「せんぱーい、先輩」


 社会人だから昼間は職場にいる。外回りもあるがデスクワークもそれなりにあり、ひどい時は一日デスクに齧りついている日もなくはない。

 そんな中でだ。俺の心をささくれ立たせているというのか、ため息の製造元。筆頭がこいつ。

 今日は午前中が外回り、午後から内勤のはず。そうか、もう帰ってきたのか。はぁ。

 ぱたぱたーっと、おもちゃでも見つけた犬みたいに駆け寄ってくる。成人男子、おい。

 外回りを一緒にして外面も内面もそう変わりないと、よく言えば裏表がないと表現しようもあることは理解しているが。


「外、回ってきました!」


 褒め待ち。でも、褒めじゃなくて「お疲れさん」と返す。

 この流れもずいぶん慣れたものだ。最初の頃は「出来たら褒めてほしいです、褒めて伸ばしてください。叩いても伸びません」と言われてやらされ感満載で乗ってやってたけど近頃は無くても大丈夫になった。というか、した。こいつも慣れたらしい。


「お菓子、貰ったんでひとつどーぞ!」

「ありがとう」

「チョコレートとパイを合わせるなんて、天才ですよね」

「かもな」

「先輩、相変わらずカタイですね。もっと柔軟に生きたほうがいいですよ!」


 おまえー。おまえがいうかー。

 柔軟すぎるんだよ、それもあって人の懐に入り込むのがうまく見えるのもなんというか。この顔とこのへらへらな態度あってこそなのかもしれないが納得はいかない。


「あ! 先輩、ささくれあるじゃないですか! 保湿大事ですよ」


 どうして人の手元なんて見てるんだ、目敏すぎるだろう。

 おまえの胸ポケットは化粧ポーチか。なんでハンドクリームとリップが入ってんだ。そのクセ「名刺忘れました」って元気よくあっぱれに言うものだから、相手方も毒気を抜かれてたっけな。

 いやいや、そのポケットにこそ入れておけよ。

 でもよく気づくってのも利点ではある。

 人のことをよく見ていて、その人が欲しそうな言葉を緊張感も気負った感もなくだせる。

 案外、悪くはない、と思う。

 これを世間では絆されている、というのでは?


「ハンドクリーム塗り方わからないですか?」


 考えている内に勝手にハンドクリームを塗りたくられる。おいまて、これ、香りがついてるじゃないか。


「柑橘だから、男性でも悪くはないですよ」


 ジト目でにらんだら、そんな言葉が返ってきた。まだ何も言ってない。

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