龍桜と千本桜龍と桜汽の命日

藤泉都理

龍桜と千本桜龍と桜汽の命日




 千本桜龍せんぼんざくらりゅうが川上に卵を産みに遡上する時。

 卵から孵って幼い龍が海へと旅立ちに出る時。

 桜汽おうきの命日の時。


 龍桜りゅうおうは蔓延らせる根を、水門から厳かに退かせる。

 川と海を隔てる水門を開けるのだ。











 千本桜龍。

 龍の中で最も小さな身体を持ち、最も短い寿命を持ち、空へ飛び立つ事ができず、海の中でしか飛べない唯一の龍。

 川上で生まれ、卵から孵ってのち海へと旅立ち、寿命が終えようとする時に海の中で交配。川上へと帰って卵を産み、息絶えては、魂も身体も川上の近くに存在する老木の桜、龍桜へと戻り、深い眠りに就く。


 千本桜龍はこの生死を迎える時以外にも、川上へ遡上する。

 或る人物の命日である。

 その人物の名は、桜汽。

 龍桜の守り人である桜汽は、千本桜龍の産卵時期によくこの川上に足を運び、命を賭して卵を産む千本桜龍を見守り、饅頭を餞別していたが、百年前に亡くなったのだ。


 人間の男としての、桜汽は。


 吸血鬼のかいに惚れて、魁に吸血鬼にしてくれと迫ったがけんもほろろに拒絶され、それでも諦めずに突進し続けて、寿命を迎える間近になって、魁がしょうがないと折れてその身に牙を立て、桜汽は吸血鬼になってしまったのである。




『あのさ。吸血鬼になった瞬間の今日、人間の男としての俺は死んだ。つまり、命日だ。俺の家では、命日にはパーッと派手に騒ぐっつー伝統があるわけ。まあ、もう滅んでいる家だけれども。だからさ。龍桜もさ。千本桜龍もさ。よければ、俺の人間の命日に川上に、龍桜の元に集まってさ。派手に騒いでくれね?』




「いやー、ダメもとで言ってみるもんだな」


 な。

 桜汽は隣で地面に腰を下ろして酒を飲む魁に話しかけた。

 魁はゆるやかに酒が入った瓢箪を膝に置いてのち、呆れつつも微笑を浮かべた。


 こんなに騒々しく、しっちゃかめっちゃかにもかかわらず、幻想的で、美しい丑三つ時の光景は初めてだ。

 そう、言葉を紡いで。











(2024.3.10)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

龍桜と千本桜龍と桜汽の命日 藤泉都理 @fujitori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ