箱入り娘

みょめも

箱入り娘

彼女と出会ったのは、出張で立ち寄った駅の中にある大きな百貨店だった。


初めての駅構内で、迷い歩いているうちに百貨店に辿り着いたので、これも何かの縁だろうと見てまわるうちに、いよいよ出口が分からなくなってしまった。

館内の案内図すら見つけられず途方に暮れていたそんなとき、「お困りですか?」と声をかけてくれたのが彼女だった。


あたりを見回すが傍には誰もいない。

すると再び「何かお探しですか?」と声がした。

声のする方を目で追いかけると、自然と視線は下を向いた。

視線の先には、果物売り場に並ぶ、年頃の『柿』がいた。


「何か途方に暮れていたようなので、ご迷惑でなければ、『おちから』になれるかもしれません。」


「実はどちらに行けば出られるのか分からなくなってしまって。」


「あらあら、それは大変。迷子なんですね。」


『柿』は他の柿とは異なり、上品な桐の箱に収められていた。


「いやぁ、社会人になって建物の中で迷子になるとは、お恥ずかしい。」


『柿』はクスクスといたずらな笑みを見せた。

私は苦笑いで頭をポリポリと掻いた。

迷子、という言葉選びは大の大人を恥ずかしくさせる。


「この駅を使うのは初めてで、歩いているうちに百貨店に入ってしまったんです。」


「そうなのですね。ではご家族にお土産を買っていったら喜ばれますね。」


「まぁ、身寄りも配偶者もいないので、自分へのお土産にはなるんですが、そのつもりでした。」


「あら、清潔感のある方なのに、勿体ない。」


そう言われて私は赤い耳をさらに染めた。

年頃の『柿』にそんな事を言われたのは初めてだった。

よく見ると、『柿』は艶のあるヘタをしている。

そしてキメの細かい皮は発色のよい橙色をしている。

綺麗な『柿』だな。

素直にそう思った。

ふと、視線に気づくと、『柿』は私の事をじっと見ていた。


「あっ、あの、す、すみません!お綺麗だったので……つい。」


すると、『柿』はまたクスクスと笑った。

それはまるで、年下の男の子をからかうお姉さんのようだった。


「大丈夫ですよ。そういう視線には慣れていますから。」


話を聞くと、箱に収められた『柿』は自分以外におらず、興味本位で見て行く人が多いのだそうだ。

それはたまに好奇の目だったりもして、店頭に並ばれた直後はとても辛い思いをしたらしい。

すぐ傍の積み上げられた柿たちは手にとってもらえるのに、その『柿』から見える世界はいつまでも変わらなかったのだろう。


「たまに店内が模様替えをした時は新鮮な気持ちになれるのです。でも、それだけ。たまに外の世界を想像してみるのです。食後のデザートに出されるのは、さぞ幸せなのでしょうね。」


『柿』の話を聞いていると、上品で丁寧に育てられた事がよくわかる。

しかし、上品であるがゆえに、高嶺の柿としてしか見られていなかった。


「箱入りで育てられて、箱入りで出荷されて、箱入りで売られているのです。」


話していると、箱入りというのも世の中が想像しているより気苦労が耐えないのだと気づかされた。


「世の中の柿はトラックの荒波に揉まれながら傷つき傷つけられ、酸いも甘いも身に染みているのでしょうけど、私はそうではないのです。」


『柿』は、甘い育てられ方をした世間知らずとよく言われました、と嘆いた。

『柿』の世界も大変なんだなと思った。




そこでふと思った。

私が買って帰ったら『柿』は喜んでくれるだろうか。

最初に見たときは、私なんかが買っていい『柿』ではないと思ったが、こうやって話を聞いていると案外庶民的な感覚を持っていて、話しやすいところがあったのだ。

値札を見ると怖じ気づいてしまいそうだったが、それは他の客でも同じことだろう。

それに、私まで興味本位の好奇の目で見るうちのひとりになりたくなかった。

迷子になったのも何かの縁かもしれない。

私はポケットの中の財布を握りしめた。


「あ、あの私でよければ、買わせてもらえないでしょうか?」


瞬間、『柿』は驚いた表情を見せた。

そして、次に、ゆっくりと微笑んだ。


「本当ですか?」


噛み締めるように言葉を紡ぐ『柿』。

目から果汁がポタリと滴る。


私は頷き、店員に伝えた。

こちらのお嬢さんを私にください、と。


「毎度ありー!!」


店員の喜ぶ声が店内に響いた。

いつの間にか賑わっていた店内に居合わせた客は皆、拍手で祝福してくれた。

丁寧に渡された桐の箱に入った『柿』。




私は干し柿になっても彼女の事を大切に吊るそう、そう誓ったのだった。

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