【KAC20243】ライブハウスにて

杉野みくや

ライブハウスにて

 今日は待ちに待った推しのバンドのライブ当日。久しぶりのでのライブだ。

 隣と肩が触れあう、この狭苦しい感じは箱ならではのものだ。

 暗転すると、拍手と歓声に包まれる。この「いよいよ始まる」という感じがとても好きだ。

 会場全体が高揚感に包まれる。それに感化されて胸がいっぱいになり始めたその刹那、「キャー!」という甲高い悲鳴とドン!という鈍い音が同時に耳に入ってきた。


「ん?」

「どうした?」

「今なんか聞こえなかったか?」

「何が?」

「何って、悲鳴みたいなさ」

「そりゃライブなんだから、悲鳴ぐらいあげてもおかしくないだろ?」

「うーん、そんな感じの悲鳴とはまた違うような気がするんだけど」

「変なやつだなー。お、来たぜ来たぜ!」


 舞台上にシルエットが見えると、会場のボルテージは一気に最高潮へと達した。演奏が始まると、悲鳴のことなどすぐに頭から消え去った。

 楽しい時間はあっという間に過ぎていき、閉演のお時間が訪れた。最後に舞台上から記念写真を撮って、ライブはお開きとなった。


「あ~楽しかった-!」

「な!アリーナとかもいいけど、やっぱ箱が一番だね」


 冷めやらぬ余韻に浸りながら、SNSを開く。


「お、さっきの写真、もう公式に上がってるぞ!」


 ウキウキしながら写真を保存しようとしたそのとき、伸ばしかけた指がピタリと止まった。


「な、なあ」

「これって……」


 写真の左上に写っていたのは、逆さまになった女性らしき姿。その白い服は赤い何かで塗れており、頬は完全に痩せこけている。完全に白目をむいたその表情は驚愕と恐怖とが入り交じったかのような、およそこの世のものとは思えない形相を呈していた。

 余韻も火照った体も一瞬にして冷えきり、悪寒が背筋をゆっくり撫でていく。

 コメント欄を確認すると案の定、『左上の人誰?』、『なんかヤバイの写ってね?』と彼女の話題で持ちきりになっていた。

 だが不思議なことに、悲鳴について言及している人は誰もいなかった。


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【KAC20243】ライブハウスにて 杉野みくや @yakumi_maru

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