箱の中身

三愛紫月

夢じゃなかった

目が覚めて、私の視界に入ってきたのは貴重品BOXと書かれた小さな箱。

それを見て昨夜の出来事は、夢ではなかったのだとハッキリとわかる。

まだ、身体中に彼の感覚が残っている。


立ち上がって、その箱の中身を開く。

二つ並んだ結婚指輪。


「忘れていっちゃ駄目でしょ」


私は、大きな結婚指輪を取り出す。

中の刻印には、MARINA♡SUIと書かれている。

SUIと書かれた文字を見つめる。


「本当に、そうなったんだ」


貴重品BOXの横に置かれた一万円札とメモ用紙。


【よかったら、連絡して。また、会えるのを待ってる    みどり】


「みどり……懐かしい」


彼の書いた文字を指でなぞる。

30年前。

高校一年生で15歳だった私は、羽澄緑(はずみすい)に出会った。

彼は、私より一つ歳上。

部活で仲良くなった川辺美代子(かわなべみよこ)先輩。

通称美代ちゃん。

明るくて優しくて面倒みがいい人。

そんな美代ちゃんが、私を連れて行ってくれたのがある場所。

その場所には、美代ちゃんの好きな人である、羽澄恭(はずみきょう)を含め5人がいた。

その中の1人が、みどり君。

出会った瞬間にみどり君に一目惚れした私は、美代ちゃんに名前を聞いた。


「緑って書いてすいって呼ぶんだけどね。いとこの恭君がみどりって呼んでるから、みんなみどりって呼んでるの。私もみどり君って呼んでる。理瑠亜(りるあ)も、みどり君って呼べばいいよ」


美代ちゃんに言われて私もみどり君と呼んだ。

みどり君は、みどりって呼ぶなよとか言わずに受け入れてくれた。


「みどり君……おはよう」

「おはよう」


挨拶から始まって、それなりに会話も出来るようになって。

告白して振られたけど、友達ではいれて……。

私は、ずっとみどり君の隣で笑っていると思っていたのに……。

20歳の誕生日を境に、みどり君に会う事はなくなってしまった。


それから、9年後。

私は、今の夫と結婚した。

子宝には、恵まれなかったけれど……。

二人で幸せに生きている。

もう、45歳になってしまった。

そんな私の元に、一週間前、美代ちゃんから連絡がきた。


「理瑠亜、来週の土曜日暇?」

「来週?ちょっと待ってね。うん、空いてる」

「よかった。じゃあ、久しぶりに出掛けない?」

「どこに?」

「場所は、メッセージ送るね」

「わかった」


土曜日、美代ちゃんに呼ばれた場所に行く。


「久しぶり!理瑠亜、元気だった?」

「元気だよ」

「今も、夫婦二人だよね?」

「そうなの。それで、どこに行くの?」

「うん。ちょっと待って!もうすぐしたら来るから……。あっ!私、理瑠亜に話さなきゃいけない事あった」

「何?」

「みどり君とさ、何回かしたんだよねーー。三年前かなーー。私、離婚したからさ。それでね。みどり君に愛してるってすごく言われちゃった」

「そ、そうなんだ」


一瞬で、この場所から消えたくなった。

うまく笑えてる気がしない。


「それで、今の旦那と再婚したんだけど。あっちがいまいちでね。そんな時に再会しちゃったんだよ」

「だ、誰に?」

「来た来た。恭君」


美代ちゃんが、大きく手を振った先に179センチの二人がやってきた。

みどり君だ……。

25年間会っていなくてもわかる。

紛れもなく、みどり君。


「今日ね、お試しで恭君とデートしようって話しになったんだ。だから、理瑠亜について来てもらったの」

「どうして、私?」

「どうしてって、子供がいないのって理瑠亜ぐらいだし。まあ、私はいるけどさ。それと、二人が知っている人とか二人を知っている人って理瑠亜ぐらいじゃん」


恭君とみどり君が近づいてきた。


「あっ、理瑠亜ちゃん!久しぶりだね」

「もう、ちゃんをつける年齢じゃないですよ」

「あはは。まあ、そうだよね。だけど、出会った時がそう呼んでたからね」

「恭君、変わらないですね」

「俺も君付けされる年齢じゃないよ。そうかな?変わったよ。変わった。めちゃくちゃおじさんになったから」

「そんな事ないですよ」

「そう?ありがとう」

「もう、それぐらいでいいじゃん。行こう、恭君」

「ごめん、ごめん。美代ちゃん。行こうか」


美代ちゃんは、恭君を引っ張って歩き出す。

みどり君が隣にやってくる。


「あっ、久しぶり。元気でした?」

「それなりにね。君も元気だった?」

「はい。元気でした」

「そっか。それなら、良かった」


あの頃と変わらないみどり君の笑顔に胸がドキドキする。


「あっ……。美代ちゃんの事、好きなんですよね?いいんですか?」

「好き?何で?」

「あっ、さっき聞いて。三年……前に美代ちゃんとそうなったって。で、みどり君が愛してるって言ってくれたって。なのに、恭君と行かせてよかったんですか?あっ、行く場所わかってるから大丈夫ですね」


終わった恋なのに、胸がチクチク痛む。


「確かに、美代ちゃんとはそうなったよ。三年前ぐらいに……。でも、愛してるなんて……あーー、したいから言ったな。俺」

「チャラくなりましたね」

「ははは。大人になったからね。だから、口から出任せならいくらでも言えるようになった。あん時、妻と喧嘩しててむしゃくしゃしてたのもあったし。誰でもいいから、したかったんだよね。だから、美代ちゃんにメッセージ送って会ってしたんだよね」

「そっか、そっか」


美代ちゃんから聞くより辛い。

胸の奥底にあるあの日のみどり君への気持ちが痛い。


「それじゃあ、いいの?二人?」

「うん。いいの、いいの」

「そうじゃあいい。でも、私と歩いてていいの?あの時、私の事好きじゃなかったでしょ?あの頃から美代ちゃんが好きだったんだよね。鬱陶しいぐらいみどり君にくっついてごめんね。しつこかったでしょ?本当にごめんね」


あの恋を終わらせてしまおう。

もう、こんな痛みいらない。

出てくる度に痛い思いをさせないで欲しい。


「確かに美代ちゃんとは、そうなったけど……。それは、今の話だから……」

「そっか。そうだよね。今の話しか。そうだよね。私と歩くの嫌でしょ?ちょっと離れるね」

「離れないでいいよ」

「でも、みどり君。昔、私の事嫌いだったでしょ?」

「……。それに今のこの感じで10代だったら、俺は君に……」


涙が込み上げてくる。

やばい。泣いちゃう。


「あっ、先に行ってて。私、ちょっとお手洗い借りてくるんで。それじゃあ」

「えっ……待って」


近くのスーパーを見つけて、慌ててトイレに入る。

何で?

何で……あんな言葉を言うの?


聞き出そうとしたのは、私だった。

忘れてた。

トイレに入って、便座に座って泣いた。

さっきの言葉を思い出し、胸がドキドキと音をたてる。

勇気を出して、もう一度告白してたら……。

私とみどり君は……。


「大好きだったよ。それに、今のこの感じで10代だったら。俺は、君に付き合って欲しいって言えたんだけどな」


あんな言葉を今さら言わないで欲しい。

今さら言われたって、どうにもならないんだから……。

涙を拭って、私は立ち上がる。

美代ちゃんの為にも行かなくちゃ。

手を洗いながら、鏡の前で化粧を少し直す。

お店の場所聞けばよかった……。

まあ、出てから連絡すればいいよね。


みどり君がいない方が気楽にいける。

お店についたら、美代ちゃんと恭君がいるわけだし……。

だから、大丈夫。


「な、何で?」

「場所、わかんないよね?」

「あっ……。うん、わかんないね」

「じゃあ、行こうか」

「うん」


みどり君と話したくない。

話したら、傷つけちゃいそう。

美代ちゃんのお古を貰いたくない。

お古って考えよくないよね。

みどり君は、人なんだから……。


「俺と話したくない?」

「えっ……」


みどり君は、あの時。

私に向けていた眼差しを向ける。

寂しさと悲しさの織り混ぜた眼差し。


「別に……話すよ。何、話す?結婚してるんだよね。子供は?」

「バツイチ。子供は、前の妻との間にいる。前の妻が引き取って育ててて。今の妻とはいない。そっちは?」

「へーー。そうなんだ。私は、子供はいないよ。夫と二人で仲良くやってる。夫は、優しくていい人。私の事を一番に考えてくれて愛してくれて」


夫の事を考えると胸の痛みが減るのを感じる。


「ごめんなさい。聞かれていないのに……」

「いや。素敵な人なんだね」


まただ。

みどり君は、また寂しさと悲しさの織り混ぜた眼差しを向けてくる。


「そうだね。素敵だよ。友達が付き合ったり体の関係もったりした人じゃないからね。何か友達とそうなった人って嫌じゃん。関係もったら比べられそうだし、私自身比べたくなっちゃうし……」


みどり君に、酷い言葉を言ってしまった。

もう、顔が見れない。


「えっ……」

「これがなかったら、付き合おうって言ったんだけどな。美代ちゃんと関係持っちゃってごめん。嫌なのわかってる。だけど、少しだけ」


視界に入る私の左手をみどり君が握りしめている。

薬指にある指輪を撫でる長い指先。

私は、顔を見れないままで……。


「嫌だったら言って離すから」


嫌なわけない。


「言わないなら、嫌じゃないって事でいい?」


口を開いたら、またみどり君を傷つけてしまいそうで言えない。


「美代ちゃんに愛してるって軽々しく言ったし、関係も持った。だけど、こんなにドキドキしなかったよ。言い訳みたいになってるよな。ごめん……。だけど、本当だから。あの頃、こうしたかった」


みどり君の手は、私の手をさらに握りしめてくる。

振りほどく事なんて出来ない。

すごく、好きだったから……。


大好きで。

大好きで仕方なかったから……。



あれは、夢だと思っていた。

でも、夢じゃなかった。


「指輪を渡してあげなくちゃ駄目だよね」


スマホに連絡先を登録する。

この先も、きっと私はみどり君に会いに行くだろう。

だって……。

胸の奥に閉まっていた箱の蓋が開いてしまったから……。






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箱の中身 三愛紫月 @shizuki-r

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