幼馴染?の男の子にもらった箱

kayako

ささやかながらも、とてつもない奇跡。


「この箱……いるかな?」


 自分の部屋を整理していたら、唐突に出てきた箱があった。

 縦横10センチ、高さ5センチぐらいの小さな箱。厚紙で出来ていて、表面には――

 マジックで大きく字が書かれている。

 しかしその文字はやたらとヘタクソで、辛うじて読めたものは


“あけみちゃんへ”


 という、私の名前のみ。


“◎◎◎より” 


 と、確かに送り主の名前も隅っこに書かれているのだが、◎◎◎の部分がぐにょぐにょ過ぎてほぼ読み取れない。


 だけどこの箱、小さな頃はとても大事にしていたものだ。

 何故なら――



「あけちゃーん? どうしたの?」


 そこへ、陽太が部屋に入ってきた。

 彼とはこの前婚約を決めたばかり。今は二人とも、新居と結婚式の準備で大わらわなんだけど――

 ちょくちょく私の家にもやってきて、こうやって部屋の整理を手伝ってくれる。ズボラなようで、意外とよく気が付くイイ奴。

 だけど私は思わず、その箱を隠しかけてしまった。


「あ、い、いや、何でも……」

「あれ。今、何か箱隠そうとしてなかった?」

「~~~!」


 仕方ない。陽太には隠せない……

 私はその箱を彼に見せて、説明を始めた。


「この箱……ずっと前に、病院でもらったものなの」

「へぇ。病院?」

「うん。物心つくかつかないかぐらい小さい頃なんだけどね。

 私、病気で入院していた時期があって。

 その時だけ、ちょっと仲良くなった男の子がいるんだ」

「へぇ~

 幼馴染ってヤツかぁ」


 陽太は白い歯を見せながら、ちょっと意地悪そうに箱を眺めた。

 うぅ……だから見せたくなかったんだけど。


「べ、別に、幼馴染なんてものじゃないって。

 ただ、たまたま病室が近くになって、少しおしゃべりしただけで……」


 そう。それも、顔を合わせていたのはほんの三日か四日ぐらい。

 その頃私はちょうど、人生初めての手術を目前に控えて、滅茶苦茶怖かったんだっけ。でも、ほぼ同年代だったその子と喋っているうち、少しだけ元気が出てきた気がする。

 だけど、確かその子は……数日で退院してしまったんだ。

 

「確か原因は、川の水ガブ飲みしてお腹壊して入院したとか。

 そりゃ確かに、普通はすぐ退院しちゃうよね~……」


 そこまで話すと、陽太の横顔が何故か少し真面目になっていた。


「……それで?」


 さらに彼は興味津々で尋ねてくる。

 そこで私は、箱のふたをそっと開いてみた。

 出てきたものは――


 小学校の頃友達から貰った、旅行のお土産の記念メダル。

 小さい頃集めていた、虹色の綺麗なビー玉。

 おじいちゃんから貰った、神社のお守り。

 おばあちゃんが作ってくれた、小さな可愛い和風の指人形。


 どれもこれも、子供の頃は何より大切な宝物だった。

 ――そして、一番奥に入っていたものは。


 どこかの河原から拾ってきたらしい、平べったい石。それが数枚。

 表面が凄くすべすべしていて、少しだけ黒く光っている。


「その子が言ってたんだ。

 この石に願い事を書いて、大事にしまっておけば、いつかきっと叶うんだって」


 言いながら私は、石を箱から取り出してみる。

 書いてある、書いてある……


『テストで80点はとれますように』とか

『新しい学校で、早く友達ができますように』とか

『受験に受かりますように』とか

『大学生になったら、早く彼氏ができますように』とか……


 もう、顔から火が出るほど恥ずかしい願い事の数々。

 願い事を書いては消して、次の願い事を書いていたらしく、表面が傷だらけになっている石も多い。

 しかも意外と直近まで、この石に願い事書いてたんだ、私。うわぁ!


 でも陽太は決して笑わず、さらに聞いてきた。


「この石って……

 願い事、叶ったのか?」

「そうだなぁ……意外と、叶ったことも多かったよ。

 ただ、無茶苦茶な願い事はさすがに無理なこともあった。

 例えば、贔屓球団が10年連続日本一になりますようにとか、友達100人できますようにとか、おじいちゃんおばあちゃんがずっと死にませんように……とかは無理だったね」

「確かに、そのレベルになるとなぁ」


 そして私はそっと、箱の一番奥にしまいこんでいた石を取り出した。


「この願い事も、結局叶わなかったし……」


 その石に書かれていた願い事は――


『あの子に、もういちどあえますように』


 それは勿論、この石をくれたあの男の子。

 今やもう、名前も思い出せないけれど。

 あの時、あの子に石をもらって励まされたおかげで、私は恐怖を乗り切れた。


「その時私はこの石に、『手術がうまくいきますように』って書いたの。

 石にそう書けば、きっとうまくいく。その子にそう言われて。

 そして手術はとても順調にいって、私は今でもすごく健康になった。

 だけど私が退院した時は勿論、その子もとっくに退院してて……

 どこへ行ったのか、分からなくなっちゃってて」


 その石と箱を見つめていると、少しずつ思い出されてくる。

 いつも元気で、笑顔が眩しかった彼がくれた、宝物。

 箱に書いてくれた名前はぐちゃぐちゃに汚くて、ろくに読めないけれど。


「だから私、書いたんだ。

 手術成功の願い事の後に、『あの子に、もういちどあえますように』って。

 結局叶わなかったけどね。やっぱり無茶な願いだったせいかな」



 そう言って笑いながら、私は箱をしまおうとした。

 小さい頃の宝物といっても、今はただのガラクタ。いくら持っていても邪魔になるだけだもんね。


「せっかくの新居に、あまり変なものを持ち込むわけにもいかないし、やっぱりこれは捨て――」


 だけど、その瞬間。

 不意に陽太が、背後から私をそっと抱きしめてきた。

 最後までは言わせないとばかりに。


「――駄目だって。

 あけみの、大事なものなんだろ」

「えっ?

 だ、だけど……」

「それに――

 その願い事。もう、叶ってるよ」



 私を抱きしめたまま、陽太は懐から何かを取り出した。

 それは――


 私が持っていたものとほぼ同じ、平べったいすべすべの石。

 そこには確かに、書いてある。


『あけみと また あえますように』と――

 一瞬では解読不能な、滅茶苦茶に汚い字で。

 でも、確かにその字は、箱に書かれていたあの文字とそっくりだった。



 私は思わず見つめてしまう。陽太の顔を、まじまじと。

 その笑顔は――よくよく見たら、確かに、あの子と……!!

 一気に、かあっと紅潮する頬。



 そして陽太は、静かに耳元で囁いた。



「ありがとな。

 その石、ずっと大事にしてくれて」



 彼にしてはあまりにも歯の浮きまくったその台詞に、思わず吹き出しつつも。

 私はそっと、肩に回された大きな手を握りしめた。

 奇跡的に彼と再会させてくれたこの運命に、感謝しながら。



「……うん。

 これからも、書いていこうね。

 二人の願い事」



Fin

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幼馴染?の男の子にもらった箱 kayako @kayako001

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