第14話 サンシン動乱~陰謀

 さて、どうするか。僕は頬杖ついて思考に耽っていた。この国の腐敗ぶりは確定的で、このままだと政治的に表面化するのも時間の問題である。

 民衆の生活面ではまだ平穏さを維持しており、影響が出てるのは一部である。この段階で上層部を潰せるだろうか。いや、そもそも潰していいものだろうか。

 歴史的に見ても、政治組織を転覆させるには武力を伴うことが殆どだ。市民革命しかり、クーデターしかり。暗殺というのも含まれるだろう。

 しかし、これらはどうしようもなくなってから起こるし、その後の大混乱を招く。人死には避けたい。かと言って、このまま表面化するまで待っていては必ず犠牲が出る。

 あれこれ考えていると、ナユがお茶を持って来てくれた。最近好みのハーブティーだ。二人で使ってる寝室兼居間の長椅子に並んで腰かけながら、ナユが訊いてきた。

「どう? 何か名案は浮かんだ?」

 僕があれこれ思索に入っているのはバレてるようだ。

「いや。何も。不自然にならないように、この国を安定化する妙案はないものかねぇ。」

「あたしも考えてみたんだけど、リーンが神様に魅入られてるって。これ、使えないかしら?」

「え? そのファンタジー設定を? どうやって。」

「考えてみたら、現代人ってそんな話を本気で信じてる節があるのよね。ほら。あたしたちが生まれた旧時代の更に前、丁度現代の文明レベルだった頃は、神様は勿論、魔法や精霊の存在なんかも信じられていたって話じゃない。覚えてる?」

「なるほど・・ そうだね。こんな情報網も発達してない世の中じゃ、不思議な現象はそのまま受け入れざるを得ないってことか。」

「あたしたちは、逆に科学文明に毒されてる訳ね、ましてや科学者の端くれだし。現象には原因を突き止めるのが癖になってる。無条件に何かを信じるってないものね。ジンの言う、ファンタジー設定だって、彼らは真剣だと思うのよ。そこにつけ込んで大丈夫かな、という思いはあたしにもあるけど、試すことはできるんじゃないかな?」

「そんなのに引っ掛かってくれるならやりようがあるかもな。ちょっと考えてみるよ。ナユも考えてみて。」

 ふむ。と二人お茶を飲みながら考えに沈み込んだ。

「その前にリーンとアイゼンさんを仲間に引き入れとかないとな。」


        ♢ ♢ ♢


「さて、大掛かりな詐欺を敢行する。」

 ジンが言い出した。リーンとノエルは背筋を伸ばし、聴く体勢に入った。

 リーンにはある程度こちらの事情を話してある。旅の途上にあるアイゼンにはノエルに接触してもらった。渡したメダルには位置情報が発信されるようになっている。念のため渡しておいて良かった。

 内容はついては大体次の通りだ。

 実は、我々は、この国が悪行に手を染めている事実を入手したさる組織が、その愚行を阻止せんが為派遣したエージェントなのだ、とか。

 こうしてリーンに協力を要請しているのは、悪徳の王政を崩壊させ、新しい国を作るために必要だからだ、とか。

 成功した暁には、報酬として我々で可能な事なら何でも叶えてあげる、とか。

 騙すようにリーンを仲間に入れるような真似をしたお詫びに、あたしたちは、何でもお願いを叶えてあげる気になっていた。最初はちょっと驚くような表情をしていたリーンだが、二つ返事で協力を引き受けてくれた。

「皆が感じている通り、この国は組織が腐りつつあるのは明白だ。放っておけば近いうちに表面化し、民衆にも影響が出るだろう。事実、街の裏側のスラム化は結構な速さで進行している。まだ、弱者が犠牲になってる段階で表面化してないが、一般人に対しても不当逮捕や賄賂の要求などの圧迫を強いられている人々が相当数出ている。」

 ジンはどこからか引っ張り出してきたボードの前を歩きながら、何やら書き込み説明している。あたしは懐かしい想いに捉われながら聞いていた。かつてジンが仲間と議論をしていた時のスタイルだ。リーンはいつもと雰囲気の違うジンを見て、少し目を瞠っている。

「このままでは、近い将来、民衆と国の衛兵や官憲が衝突する事態は明白。この事態は我々の組織にとっても憂慮すべきところである。」

「ジン。ノリ過ぎ。少し抑えて?」

「あ、あ~すまない。要はこの事態をどうにかしたいって訳なんだ。そこでだ。リーン。君の能力の噂を利用させてもらおうと思ってね。」

「私の能力ですか?」

 リーンはちょっと首を傾げて考える仕草をした。

「リーンは知らないかもしれないが、君は結構有名人でね。国の中枢で『創造神に魅入られし乙女』と呼ばれている。理由は未来を知る能力を持っているのだそうだ。」

「え? そんな能力ありませんよ?」

 リーンは驚いて思わず口元に手をやった。

「分かってるよ。ハイワン商会の躍進を見て、事実それにリーンが関わっているところから、尾鰭のついた噂になったんじゃないかな。けれどこの国の人たちはそんな噂を受け入れる素養がある。そこを利用するのさ。」

 実際あたしたちは、その手の不思議系なものの考えをしないので、現代の人たちがどのくらいそんな話を受け入れるのか、考えたこともなかった。

 何百年もこの世界を見て来たあたしが気付かないのはどうかと思う。その方面に無頓着だったこともあるけれど、人と話をしてもせいぜい宗教的な考え程度と思っていた。

 今回改めてそれを意識しながら色々と調べて行く内に、現代の人達は結構、オカルトから魔法まで深く信じているようなことが分かって来た。その一部は、あたしがやらかしていることが原因みたいな気がするが、深く考えないでおきましょう。

 サンシン王国はせいぜい人口三十万程度の国だ。あたしたちの感覚では、中堅の街、という感じ。そこを治める王家はやはり小領主という感じである。従って民衆とも近いので反乱が起こればあっという間に決着がつくだろう。しかしその時は双方とも無事では済まない。相当数の死傷者が出る。そういう事態はあたしたちの望むところではない。

「筋書きはこうだ。まず、王家に未来の情報を流す。リーンの出番だよ。未来の情報は勿論こちらで作ったシナリオだけどね。リーンの名前で王子を呼び出せばすぐに喰いつくだろう。そこで直接リーンに語ってもらう。僕たちが付いてるから危ないことは無い。堂々と対峙すればいいよ。ちょっと台本を覚えてもらうことになるけど。頑張ってね。」

 ジンはリーンに向かって微笑みながら言った。リーンは少し驚きながらもその言葉を少し反芻し、飲み込んだ様だ。ゆっくりと頷いた。以前から思っていたことだけど、見かけによらず気丈な娘だなぁ。

 ジンが語るシナリオはこんなだった。

 未来の情報の中に不思議現象を織り込む。何が効果的か色々考えたが、結局流星が良いだろうということになった。トワからゴミを吐き出してもらうのである。赤い色彩が出るように仕掛ける。少々大きなゴミを予定時間に大気圏に放り出す。見事な流星になるだろう。

 大きな赤い流星は不吉の象徴として定着している。王家には滅亡の情報を。民衆には王家の悪情報を流す。

 次に、民衆の反乱を使嗾する。起こしそうなグループを既にいくつか見繕ってあって既に繋ぎもつけてある。

 そして、現王家には味方を装って国からの脱出を提言、実行する。

 現王妃ショウケイの出身は北の隣国、ヨークン王家だ。こちらに亡命という形で、王と妃、王子を逃がす。という感じかな。そして、反乱を治め、新国家を整備する。

 現段階の目論見ではアイゼンさんを中心とした商業国家にしたいというジンの構想だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る