第10話 エルフの彷徨

 深い深い森だった。しかし、人が通れない程密でもなく、ところどころで陽の光も当たり、幻想的な風景を醸し出している。

 丁度行き当たった小川の水で喉を潤し、俺とパーティ仲間のベルマンとガスパーは野営の準備にかかった。

「なあ、リードリック。この森は当たりじゃないか? 人の手が入ってないし、綺麗で水もたっぷりある。獲物も凶暴なヤツには出会わないし。僕はここに住みたいと思えるね。」

 ベルマンが麦藁色の髪を木漏れ日に透かして、作業しながら森の感想を俺に言った。

 俺たちは、新天地を求めて一族を代表して旅するパーティの一つだ。

 俺たちの一族は一所に定住しない。かと言って、遊牧民のような移動ではない。何十年かのサイクルで、住処に不穏な空気が流れだしたら、こうして移住場所の探索を始める習わしが俺達にはある。

 定住は諍いの元だ。俺たちは諍いを好まない。ほかの種族と一緒にいると、何かと争いに巻き込まれるし、ご先祖様たちによって徐々にこんな生活スタイルになったと聞く。

 ほかの種族と言って区別するようなことを言ったが、俺たちと何ら変わっているところはない。俺たちの共通している外見と言えば、耳がちょっと尖っているところか。あと、色素が少し薄いが、目立って変わっているほどではない。西方では同様に色素の薄い民族が当たり前にいるそうだ。

 ほかと区別することは排他的であることを認めるようなものだ。俺個人としては、もっと他種族と交わって暮らしてもいいと思うが、そう思わないものが大多数だし仕方ない。

「俺も、良いと思うな。ただ、深すぎるかもな。ここまで俺たちは何日かかったかな?」

「ねえ、はっきり言いましょうよ。私たちは迷子になったんですよ。最早方角も分からないじゃないですか。」

 一番年若いガスパーが指摘した。そう。俺たちはもう何十日もこの森をうろついている。狩人でもある俺たちは食料には困らないが、そろそろ引き上げたい気分になっていた。

「よし。三人ともここを推すということでいいな。明日からは帰還作業に移るぞ。」

 二人ともこの地の推薦に賛成の意を表してくれた。

「けど、どうやって帰るんです? 最早方向すら見失ってるんでしょう? このまま迷子を続けて時間くってたら、やっと帰還しても、みんなどっかに移住したあとかもですよ?」

「う~ん・・」

「まぁ。また明日考えようぜ。今は飯だ飯!」

「相変わらず楽観的ですね、ベルマンは。」

 微笑みを浮かべてガスパーは言った。口とは裏腹にガスパーも大概楽観主義だ。この中では俺が一番焦ってるかもしれない。まあ。パーティリーダーだからな。責任てものがある!



 あくる日、早く目が覚めた。丁度朝日が葉の間から射しかかり顔に当たったからだ。

 森の中なのに程よく暖かい。本当に住めるならば良い処だ。みんなを起こし、食事をしながら作戦会議だ。

「先ずは、方角を把握しなけりゃならん。向こうから朝日が当たって来たから、そっちが東なんだが。」

「あはは。ならば僕たちは西に向かって進んでいたことになるね。東に向かって探索していたはずが。」

 ベルマンが野草と根菜のスープのお替りを俺に渡しながら言った。今居る処は森の中でも少し開けた場所になっていて、少し明るい。傍に結構高い樹がある。

「ガスパー。ちょいとその樹、天辺まで上って位置が把握できないか見てきてくれないか?」

 この中では一番若く、木登りが得意なガスパーにお役目を振ってみた。ガスパーは目を細めて樹を眺めていたが、

「足がかりも無いみたいだし、ちょっと時間がかかるかもですよ? ま、現在地把握には賛成です。」

 食事を終え、準備を整えた後、ガスパーはゆっくりとその大樹に登り始めた。

 かなり時間がたったが、まだ降りてこない。何かあったか。そろそろ心配しだした頃に、微かな葉擦れの音と共にガスパーが慎重に降りて来た。

「この樹、かなり高かったですよ。おかげで周囲を見渡せました。」

「で?」

「どうだった?」

 俺とベルマンは少々食いつき気味に訊ねた。

「いや! もう、一面の森でした。来た方向、つまり西側ですが何も見えませんね。かなりここに入り込んでいるのは確かです。ただ・・・」

 ガスパーはちょっと引き気味に応えたが、何かが気になる様子。

「ただ? なんだ?」

「あちらの方角に何かあります。よく分からないですが、微かにキラキラしていて・・ 海かもしれませんね。」

「海か・・・」

 この辺りの地形はまだよく把握されていない。前人未踏地域、かどうかは分からないが、少なくとも地図などは出回ってない。しかし、東側に海があることは確かだ。だが、ここの誰も海というものを見たことが無い。

「ここから三日、いや、私たちなら二日って距離でしょうか。」

「そうか。このまま何の変化もない森を引き返すのもアレだな。海というものも見てみたい。どうだ?」

 俺たちは、一族の性格上、探索者の素質が少なからずある。未知に対する興味は他種族よりも大きいだろう。冒険は大好物だ。みんな海と聞いて目を輝かせた。

「海を見れたなら、帰って皆に自慢できるな!」


        ♢ ♢ ♢


「う・・おっ! なんだこりゃあ!」

 ベルマンが声をあげた。俺たちは、突然目の前に現れた光景に唖然としていた。森が開けたと思ったら、一面の花畑。そして目の前に大樹が姿を現したのだ。

 並みの大樹ではない。見たこともない大きさだ。根元の周囲がどれだけあるだろう。何しろ、視界一杯に広がるのは大樹の幹だ。上を見上げれば、どこまでも伸びた樹の壁が途中で霞んで見えない。相当な高さであることが伺える。あと、枝葉が見えない。霞んだ空の上ってことか? ベルマンとガスパーも同じような感想を持ったようである。呆然と見上げている。

「これだけのモノ、なんで今まで分からなかったんだ?」

 ベルマンが視線を上に、固まったまま言った。

 それはその通りだな。これだけの規模だったら相当目立つ。かなり距離はあったが、少なくともガスパーが樹に登って見た辺りからは確実に視認できたはずだ。俺たち一族の居住地からも、天気が良ければ見えるんじゃないか? 俺はガスパーに視線を向けた。

「いや・・ 確かに何も見えませんでしたよ? 天気も良かったですし、見逃すはずもありません。そうすると、微かなキラキラの正体がこれでしょうか。」

「それにしても、ここは楽園か? 見ろよこの光景! 森が開けたとたん、暖かいし。」

 ベルマンが感想を述べた。ガスパーも同じ気持ちだろう。頷いている。森の中はひんやりとしていて湿気があったが、ここはカラッとしていて気持ちが良い。そして、どこまでも続く花畑。大樹の壁があって圧迫感は拭えないが、上空が開けているので陽の光が十分に届いている。

 暫くすると、みんな落ち着いてきた。花畑に腰を下ろし、各々自分の考えに耽っている。

「なあ。俺たちの移住先に改めてここを推そうと思う。」

 俺が言うと、他の二人は何を今更、みたいな顔で微笑んできた。

「ここしかないと思うね? それに、ひとつ思い出した。一族の言い伝えにこんなのがある。『世界樹を目指せ』」

「・・・おぉ! ありましたね!」

「そ、それではベルマンはこれが世界樹だと?」

 ベルマンに言われるまで気づかなかったが、確かに俺たちが子供の頃に一度は吹き込まれる伝承の中にそれがあった。まさに言われてみれば世界樹だ、これは。

 伝承の中の、言わばお伽噺の中の大樹。その袂で暮らせば幸福になれるという。

 それを想うと、目の前の大樹がそれにしか見えなくなった。うおっ。なんか緊張してきた。

「な、なんか、ドキドキしてきたぞ。少し、この辺で生活してみようよ。」

 ベルマンが、同じような気持ちを言ってきた。

「そうだな。一週間ほど生活してみよう。その間にこの辺りの生活環境把握と居住地へ帰る算段を付けよう。」

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