おうさまのおまじない

雨宮テウ

第1話



おうさまのおまじない


『いいかい?我々百獣の王の掟だ。その力は誰にも知られてはいけないよ。父さんと母さんとおまえの秘密だ。』

小さい頃、私は群れの王だった父にそう教えられた。

百獣の王である我々ライオンは、稀に不思議な力を持って生まれてくるが、それを他のものに知られてはいけない。

百獣の王は力が強く、それ以上に力を持ってしまうことは、どんな力であっても他のものにとって脅威となる。

王は力を持ちすぎてはいけない。

力で他のものの心を掴んではいけない。

だから、不思議な力を持って生まれた子は小さいうちからそう教えられ、その力を誰に知られることもなく生きなくてはいけなかった。

知られてしまうとそれは、神様の掟を破ったとみなされライオンの世界から追放されてしまうのだと父は言っていた。


私は力を隠したままいつしか群れの王となり、

そして今は王の座を譲り、年老いたライオンとなった。

幸か不幸かわからないが、私の群れに不思議な力を持つ子は生まれてはこず、みなすくすく伸びやかに美しいライオンに育っていってくれた。この群れはもう、私がいなくとも安泰だ。


そんな晩年を過ごしていたライオンがある日一人群れを離れ歩いていると

小さな木陰にいる1匹の子ライオンに目が留まった。

だが、その子ライオンは他のものには見えていない。

追放された子ライオンであると、すぐにわかった。なぜなら子ライオンが木や草花と喋り、じゃれついていたからだ。


『ぼうや、ひとりなのかい』

ライオンは声をかけると子ライオンはびっくり跳ねて木の後ろに周り小さな声で応えた。

『ひとりじゃないもん。あなたは誰なの?』

ライオンは辺りを見回すがやはり子ライオンに応えるように囀るのは木や草花ばかり。

『私はライオンだ。ぼうやとおなじ、ライオンだ。』

『らいおん…僕初めてライオンと喋るよ。大きな声だね、お耳がビリビリするよ。』

植物と違い空気を振るわせ喋るライオンに驚きつつも、子ライオンはおずおずとライオンの前に出てきた。

子ライオンは生まれてすぐ力が大きすぎて隠す術を学ぶ前に植物と話してしまったのだろうか…

神様の掟により追放され、他のライオンの目には留まらなくなってしまったのだ。


年老いたライオンは、思った。

もう群れで自分がすべきことはない。ならば、この子の父と母がこの子に授けたかったであろうものをこの私の残りの時間で、

ほんの少しでもあげられないだろうか。と。


『ぼうや、君と少し一緒に過ごしてもいいかい』

子ライオンはまたびっくりして木の後ろにかくれながら

『ぼくをたべないなら、ちょっとだけ、いいよ』

と小さく返した。




ぼうやはライオンのことを『おうさま』と、呼ぶようになった。そんなふうに呼ぶなというライオンに『だって初めて見たんだ!おじいちゃんなのに大きくて強くて!』

『それに一緒に眠るとあったかい!木や草花とはちがう、うーんと、このへんが燃えてるみたいに!!』とライオンの胸の辺りにじゃれついた。

『動物はみんなここが燃えているんだよ。魂を燃やして生きているんだ』

そんなふうに、ぼうやはおうさまから

毎日毎日、小さなどうして?を聞いて

小さな気づきを褒められて、大きな胸にじゃれては大きなお腹の上で眠り、大きな手で守られた。



ぼうやは木や草花とライオンから色んなことを教わりながらすくすくと大きくなった。

おうさまがもう歩けなくなって、眠っている時間が長くなった頃のある夜明け

『おうさま、お別れなの?』

『あぁ、お別れだ』

おうさまは大きなあくびをして子ライオン、いや今や立派なライオンに告げた。

『だが、賢いお前はわかるだろう。お別れだけど、お別れじゃあないことを。』

おうさまはぼうやをよく見えなくなった目で愛おしく見つめて、大きな太陽が空に登ると長い眠りについてしまった。

大きくなったぼうやは、おうさまの目元を沢山舐めた。優しい優しい大好きな目を。


ぼうやは、強いライオンの王様になった。

他のライオンには見えないけれど、

この大地の命を守る気高く美しい王様に。




追放された僕に

木や草花は優しくて、寂しくないようずっとそばにいてくれた。

けれど小さな僕は本当はずっと寒かった。

どうして自分には花が咲かないの?

どうしてこんなに毛が生えてるの?

どうして木や草花みたいに他の生き物を食べずに生きれないの?

ずっと寒くて怖い気持ちを心の奥に押し込めて

花や木の優しさの中で生きていた。


大地と会話できるぼうやの前に現れたおうさまは、小さな魔法が使えるライオンだった。

けれど、追放されてぼうやから見えなくならないようそれを隠しながらそっと小さく魔法をかけ続けた。


その魔法は消えた命をもう一度生き返らせたり

誰かの命を奪うような大きな魔法ではなかったけれど、

毎日毎日ぼうやに注がれる、小さくてあったかい祈りのような魔法だった。


『scutum Lespedeza』

悲しみよ去れ 痛みよ去れ 

心に灯りをともしたまえ


『Märchen Magnolia 』

行くべき道とあるべき心よ 戻ってこい 

全て見失う霧を晴らしたまえ


『s’appuyer hydrangea』

その心にやどりし愛よ、

時と共に成長し、美しく生きよ


神様さえ見つけられないような追放の先で

人知れず内緒の魔法を唱えながら、ぼうやを見つめ愛し続けた。


おうさまから小さなおまじないと共に

愛されて生きる時間を過ごし

魂に教え込まれた。

『ぼうや、おまえは愛されるべき生き物で、

誰もお前を傷つける事を許してはいけないよ』

自分を沢山愛して大切にしなさいというおうさまから心に沢山お水をもらって

王様は他の生き物のことも無闇に傷つけず愛する王様となった。


王様は相変わらずライオンとしてはひとりぼっち見えますが、そうではありません。


おうさまは大地にかえり、それを栄養に芽吹く草花や木となり王様を見守り続けるのです。


『おうさま、僕は知ってたよ。だって、こうしていまおうさまと話せるように、あの頃も木や草花が教えてくれたんだ』


『おうさまがずっと僕におまじないをかけてくれてること。』


決して忘れてはいけないよ、

君がひとりきりではないこと

君は愛されていること

しっかりと歩ける強く美しい心と体を

君はちゃんと持っているんだよ。


僕はおうさまの子

おうさまと同じ 美しいライオンだ

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おうさまのおまじない 雨宮テウ @teurain

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