箱の匠が作った箱はとてもシックリくるのです

エモリモエ

***

海に行ったお土産に小さな貝殻をもらった。

きれいな色した桜貝。

ステキな入れ物に容れたいな。


以前仕事でお世話になった小林さんは定年退職後、趣味で箱を作り始めて、今では箱匠として工房も構えている。

事情を話して箱を見繕ってもらうことになった。


訪ねると、工房は大小様々な箱がいっぱい。足の踏み場もない。


「ずいぶん色々あるんですね」

「中身にあわせて箱も色々ないとね。だって靴の箱に帽子は入らないだろ」

「なるほど、それもそうですね」


ボール紙を芯地に布を貼って仕上げる小林さんの箱はどれもひとつひとつ手作りだ。


「納めるべきものを正しく納めるためには相応の箱が必要なのさ」

「これは何を容れるのですか?」

「それは箱専用だね」

「箱を容れる箱ですか?」

「そうさ。美しい箱には美しい入れ物が必要だろう?」

「でも箱専用の箱がこんなにきれいだったら箱専用の箱にも専用の箱が欲しくなってしまいますね」

「おお。確かにその通りだね。箱専用の箱専用の箱を作らなくっちゃいけないな」

たぶん小林さんはそのうちに箱専用の箱専用の箱専用の箱も作ることになるんだろうな、と思っていると、

「さ。これが君の箱だよ」


渡されたのは青いサテン地を貼った小さな箱だった。美しいけど、美しすぎて何故か悲しくなるような。

「貝と一緒に容れたい物にも相応しい、そういう箱がいいと思ってね」

私は少しびっくりした。そんなことまで分かるだなんて。

「ありがとうございます。小林さん、すっかり立派な箱匠ですね」

私が言うと、小林さんは照れくさそうに「ははは」と笑った。


さっそく桜貝を入れてみることにした。

思った通り青い箱に貝の桜色が映える。

きれいな貝殻。

世界中で一番好きな人がくれた。

でも、もう好きをやめるの。

だってもうすぐ「お義兄さん」になるから。

だってお姉ちゃんに幸せになってほしいから。

今までの大好きをぜんぶ、桜貝と一緒に入れた。

私は箱のふたを閉じて。


新しい恋、探さなきゃ。

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