ボスからの司令:箱を死守せよ

甘宮 橙

第1話

 アンティークの厳かな仕掛け箱。この箱の歴史的価値だけでもかなりの値がつくであろうことは想像に難くない。

 「この箱には組織の命運が託されている」とのボスの伝言付きで、使いの者から授けられた品だ。箱の中身は知らされていないし、知ろうとも思わない。裏社会で長く生きる秘訣は知りすぎないことだ。


 俺に与えられた任務はこの箱を7日間守りきること。現在、俺達の組織は正体不明の謎の敵によって脅かされている。ボスが援軍を引き入れ、組織を強固にするために必要とする時間が一週間。その間、俺が命をかけて守らなければならない。


「これだけの重要な任務だ。完遂したら幹部待遇くらいしてもらわないと割に合わんな」


 つい愚痴がこぼれるのも当然だ。6日間何も無い孤島に潜伏していたのだから。だが、あと一日守りきればボスの援軍が来る。


 ふいに妙な感覚を感じて岩陰に隠れる。と同時に鼻先を弾丸が通り抜ける。


「嗅ぎつけて来やがったか!」


 弾丸の飛んできた方向と角度から敵の位置を割り出す。そして、物陰を移動しながら敵との距離を詰める。

 見えた! 俺の銃口が黒い影を捉え、標的を狙って迷わず弾丸を発射する。


「ううう……」


 うめき声を上げて倒れた敵に駆け寄る。


「おまえは、ロッソ? なぜお前が?」


 今、命の灯火が消えたのは同じ組織の仲間のロッソ。ありえない敵に動揺し警戒を緩めてしまったのが運のつき。俺の腹をめがけて弾丸が着弾する。

 前方、太い木の陰。敵はもう一人いた。最後の意地で狙撃手に向かって発砲する。


「ぐわっ!」


 倒れた男にも見覚えがあった。同じ組織のアズーロ。こいつも裏切っていたのか。薄れゆく意識の中で俺が最後に見た光景が裏切り者の仲間の死だった。




「大義であったぞビアンコ。私のために裏切り者を炙り出してくれただけではなく、始末までしてくれたのだからな。捨駒として使えるとは思っていたが、貴様の命は役割以上の仕事をしてくれた。

 この箱の中身は単なる盗聴器だ。敵は我が組織の裏切り者だと踏んでいたのでな。組織全体に重要な機密をお前が握っていると嘘の情報を流し、全構成員を罠にかけたと言うわけだ」


 箱を天に掲げて、口笛でも吹きそうなくらいの満面の笑みで高らかに笑う、組織のボス ネーロ。


「こうして用心もせずに俺達の前に姿を表す瞬間を待っていた」


 俺が死んだふりを止めてボスに銃口を向けると同時に、ロッソとアズーロの銃口もボスを捉えていた。


「バ、バカな!? どうして!?」


血糊に防弾チョッキ。簡単なトリックだ。


「一つ疑問なのだが、仲間を信用していないような男を、どうして命をかけて守る者がいると思うんだ?」


 3発の弾丸がボスを貫通した。


「今回の件、俺達は全く話し合いもしていない。箱の中身が盗聴器だなんて知らなかったしな。だが、俺達の心は語らずとも通じ合っていたわけだ」

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