第7話「言わされる私」

 ここで怒って、首筋に噛み付いたって良かった。


 ただ、できなかった。


 彼女の言う通りだったからだ。


 押し込めたことだって、そうするしかなかったからで。


 自分の気持ちなんて、尊重されたことがなかったからで。


 そのままの自分なんて、見てもらったことがなかったからで。


 生まれた時から私だって、こういう性格という訳ではなかった。こうなりたくてなった訳ではなかった。ただ、誰も助けてくれなかったというだけ。


 でも世界は、それを理解してくれない。


 過去も伏線も見ず、ただ今だけを見て批判する。


 きっとそれが正しいんだと思う。


 その時誰にも言わず、押し込めた私が悪い。


 頑張る気力が湧かないのも、頑張ろうとしていない私が悪い。


 生きる気が起きないのも、生きようとしていない私が悪い。


 世の中はいつだって、私の敵だ。


 そんな人生で生きていたいなんて思えるか?


 ねえ。


 好き勝手言えて、あなたはいいよね。


 私は、そんなこと許されなかったのに。


「……いいよね、いつも正しくてさ」


「ん? 何」


 正直、もういいやと思った。


 初めて会った人に、散々正論吐かれて、心まで見透かされて、正直死にたいくらいだったけれど――どうせ理解してもらえないのだ。だったら、最後くらい、ちゃんと言って死のうと思った。


「いつも正しくていいよねって言ったの。私の言おうとすることは全否定してくる癖に、人に相談しろとか、周りに助け求めろとかさ。いっつも、いつもいつもいつも。正しい側から言ってくる。私の意見はいつも正しくなれない。ちゃんとしようとしても、ちゃんとできない。正しくいられて、潔癖でいられて、真っ白でいられて、上から人に意見できて、羨ましい。そういう正しさ、私は一番嫌い。だから、世の中が嫌い、全部嫌い」


「…………」


 相手が黙った。


 それもそうだろう。


 ああ。引いてるんだ。


 いいな、ちゃんとそうやって表現できて、自己表現が許されていて、羨ましい。


 初対面の人の内情をぶわーっと語られて、引かない人はいない。


 でも、正しいのはいつだって向こうなのだ。


 だって正しいことを言っているから。死にたい人を引き留めているから、初対面でも何を言っても相手は許される。


 私は許されない。


 好き勝手相手に何を言われても仕方がない。


 我慢しなければいけない。


 それが嫌だから、死にたいと思ったのだ。泥水を啜っても生きなければいけないなら、死んだ方がマシだ。


「ふうん」


 と。


 吐息を一つ吐いて、青山凛は、続けた。


「ちゃんと、言えたじゃん」



 その台詞を、聞いて。



(続)

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