第4話「流される私」

「また君はー。はいはい。そっち寝かせてー。本当、一歩歩けば面倒事を引っ張って返ってくるよね。何、今回は女の子を二人も連れてきたのかい。仕方ない子だねえ、全く」


 反芻はんすう病院は、思っていたより大きな建物ではなかった。


 運び込まれるなり、一人の細身の女性医師の方へと連れて行かれて――そのまま見えなくなった。私は一人、部屋の外で待っていた。椅子が冷たくて、頭も冷えた。程よく涼しくて心地よい。一年がずっと秋だったらいいのと思った。


 こういう描写、ドラマとかで見たことがある。手術室の前で、手を合わせて、家族の無事を涙ながらに待つ人の図。


 しかし現状、私は自分の中の感情を説明できないままでいた。不思議である。


 自分の死も、他人の死も、別にどうでも良かった。


 しかし


 目の前で見て、怖くなった。


「…………」


 きっと私が怪我をしても、家族は見舞いにも来ないだろう。そうであってほしい。真っ当な人間になれなかった私に、優しくなんかしてほしくない。罵声を浴びせてほしい。そうすれば、潔く死ぬことができるから。


「あ、さっきの子だ。同乗してくれたんだ。やっぱり緊急車両は早いな。ん、ありがと」


 と。


 すっと、鬱屈した思考回路の中に割り込むかのように――一人の女の子の姿が見えた。足音が聞こえなかったから、近くにいたのが分からなかった。いや、それだけ私が思い詰めていたのだろう。勝気な眼つきに、端正な面持ち、背こそ低いが、スタイルがいいのが分かる。


「……あ、えっと」


「ん。貴方薬師院の子ね。制服がそうだもんね」


 私が答える前に、女の子は今気づいたように言った。当たり前のように、私の言葉をかき消しながら。


 こういう人は、きっと人生成功ばかりだったのだろう。


 自分の意見を否定されず、ちゃんと表明し、肯定されて生きてきたのだろう。


 その思いもまた搔き消した。


「制服だからもう気付いているだろうけれど、わたしも薬師院高校なの。青山凛。一年生。さっき吹っ飛ばされたのも一年。緋野響。ゴメンね、変なのに巻き込んで」


「あ、えっと……二人は、友達か何か?」


「ん? わたしと緋野が? まさか。あんな奴と友達になったつもりはない。友達以下恋人論外。仲が良いからつるんでいるってだけ。あいつの近くにいれば、非日常が見れるかなって思ったから」


「……」


 仲が良いからつるんでいるというのは、もう友達では?


 流石に初対面でそこまで切り込むのは難しそうだった。怒らせたら怖そうだ。


 いや、世の中には仲が悪くても一緒にいて友達面してくる奴の方が多いか。


「そっか。ああ、貴方、緋野が怪我する現場にいたのね――ってことは、やっぱり緋野がかばったのかな。まあいいけど。別に気にしたり、罪悪感抱いたりしなくていい。慰謝料請求とかされないから安心して」


「……」


 まあ、正直そこは気になっていたところだった。金銭の請求。優しい人間の優しい台詞を信じて、良いことはない。特に緋野くん? とは初対面である。


 庇った、と言っていた。


 その優しさは、少し怖い。


「でも――私、緋野くんと面識ないよ……?」


「いいの。あの馬鹿はね、人を助けるのが生き甲斐みたいなものだから」


「……人を助けるのが生き甲斐?」


「そ。ま、気狂いだよ」


 その台詞を言い終わるのと同時に、診療室? の扉が開いた。先程救急隊員の方々とやりとりをしていた先生が現れた。短めの髪の毛を纏めている。眼鏡の似合う医師だった。


「あ。凛ちゃん来てたのね。そちらの方は、お友達?」

「ええ。塗無ぬるなし先生。今回、この子が目撃者、っていうか、被害者です」


 湿度と粘度の高そうな名前だけれど、こざっぱりとした印象を受ける医師だった。


 立ち振舞いだけでは正体が読めない。


「あら、そうなの。被害者って、なんだか言い得て妙ね。制服が一緒ってことは、薬師院の子ね。さ、入りなさい」


 促されるままに、診察室へと入った。 




(続)

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