第19話 ダブルヘッドタウロス ③

 バトルアックスが体を掠めていく。 魔法が付加された一撃だ。 


 ならば、その直後に衝撃が来るだろう。 


 ――――来た。


 風魔法による爆風が俺を襲う。 熱と衝撃、それから死。


 逆らっていけない。受け流す。


 ほら、ボクシングであるだろ? 相手のパンチが顔に当たった瞬間に首を捻って衝撃を受け流す技術。


 あれをやるんだ。 


 バカだな…… 格闘技とは違うんだぜ? 人間のパンチが相手じゃなくて、爆発を相手にやるんだぞ? 


 できるわけがないって?

 いや……できるんだなぁ、これが。


 爆風で体が浮き上がる。 浴びた爆発の衝撃を体内に留めておきながら――――


 殴る。


 どうだい、ダブロス? 爆破の衝撃を打撃で返してやったぞ。 


 モンスターのくせに驚いた顔してるぜ、お前。 わかる、わかるよ。


 こいつは神業だ。 武道武術の達人がやる技だ。


 科学的にあり得ない技術。 人体的にあり得ない技術。


 本当にできるのかい? 爆弾の直撃を受けても無傷。 その爆弾の威力を体内に残して、敵に殴って、押し付けるなんて真似が?


 いいや、できるのさ。俺ならね。


 今まで秘密にしていたけどさぁ、このユウキ・ライトは天才なのさ。


 格闘技の天才? いいや違うね。強いて言うなら………


 闘争の天才。 


 アッハハハハ…… 恥ずかしいよなぁ?


 自分で言っちゃてるよ。 天才だなんてよぉ。 


 でもさぁ。 そうじゃないと成れないだろ? 魔王を倒す勇者なんて………


 ん? あぁ、ごめん、ごめん。話が長すぎた。 戦いの最中なのにね。


 うん、大丈夫。 今もダブロスの攻撃を避けて、反撃してる所さ。


 ごめん、同窓会にはいけません。今、地獄にいます。


 ……なんつってな! 


 でも、大丈夫。 そろそろ大丈夫。 大丈夫、大丈夫、大丈夫……


 体が整ってきた。 体が戦うための準備を本格的に始めた。


 これって10年ぶりくらいだ。 誇っていいよダブロスくん。 


 魔王を倒して10年ぶりに俺が本気で戦う相手になれたのだからね


 普段と様子が違う? それは仕方がないことじゃん。だって体だけじゃないんだ。


 本気で戦闘するための準備が終わったのは、肉体だけじゃなくて精神も戦闘状態になっているんだ。 


 あぁ、気分がいい。わかるかい? 


 これがサイコーにハイってやつだぜ! 


 あっはははははははははは……げら

 げらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげら……


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・


 異常な光景が広がっていた。


 誰も言葉を発しない。 召喚術士も、魔物使いも、受付嬢も、ギルド長だって、言葉を忘れ、魅せられていた。


 戦いに魅了されていたのだ。


 神話のような戦い……ではなく、神話の戦いそのものだ。


 勇者と怪物の戦い。 それがこの戦いの正体である。


 彼、ユウキ・ライトが伝説の勇者であることは知られていない。


 感づいているのはギルド長であるリリティだけだろう。


 だが、その戦いは異常であった。 


 ダブロスの一撃。 振り落とされたバトルアックスをユウキは避けなかった。


 素手で刃の部分を掴んで受け止めた。 遅れて来る魔法の効果――――爆風の直撃を受けても、ユウキは無傷であった。


 そのまま、バトルアックスの刃を握りつぶした。

 

 金属を、それも刃の部分を握力で握り潰す? どのような握力があれば可能なのだろうか?


 その後、吹き荒れた凶悪な風。


 ダブロスの攻撃ではない。 ユウキの攻撃である。


 それは、今までの見せてきたユウキ・ライトの戦い方とは、明らかに別物であった。


 まるで、彼を縛っていた見えない鎖から解き放たれたようでもある。


 まるで純粋なエネルギーをぶつけるような攻撃。 いきなり――――


 自分の何倍も、何倍もある怪物――――身長も重さも比類することすら馬鹿らしい差である――――ダブルヘッドタウロス。


 怪物を相手に拳を振る。 


 打つ。


 打つ。


 打つ。 力をねじ込むように打つ。 


 もはや、それは打つではなく撃つと表現した方が正確なのではないか?


 突き、あるいはパンチと呼ばれる攻撃方法。


 シンプルに拳を固めて、相手に叩き込む技だ。


 あらゆる格闘技の基本。 あらゆる戦闘の基本。 当然、異世界の戦いでも基本となる行為だ。


 だから――――


 それだけしか行わない。 それだけしか知らない。 戦う方法なんて、それ以外は不要。


 極限に無駄を削ぎ落したソレは、圧倒的な運動体。 


 全力疾走。その攻撃1つ1つに妥協は見られない。


 全てが本気。本気で殴る。


 そんな暴力的行為に彼の人生――――哲学と思想が込められている。


 そんな暴力行為に、見る者は美しさを感じざる得ない。


 どこまでユウキ・ライトは美しかった。


 だから、彼は打つ続ける。


 目に宿った力が――――


 拳に流れていく。


 腕。


 肩。 


 腰。


 拳より一番遠いはずの足の力。 地面への反発力だって使う。


 力。


 技。


 その全てを叩きつける。


 叩きつけるのは自分の肉体だ。


 叩きつける。


 打ち続ける。


 打ち続ける。


 打ち続ける。


 真っ直ぐ、一直線に―――― どこまでも―――― どこまでも―――― 


 だから、ユウキは気づかなかったのかもしれない。


 ダブロスと言われた魔物が咆哮――――いや、断末魔を叫び、既に消滅していた事を――――


 ユウキ・ライトという男。信じられない事に、ただ殴るという行為だけでダンジョンの深部の怪物、その複合体を倒してしまったのだ。


 けれども――――


「なんだ、もう終わりか」


 まるで彼はオモチャを取り上げられた子供のように呟くだけだった。  


 時間にして数十秒の戦い。 その姿、見た者の瞳に焼き付けるようにして――――


 ユウキ・ライト 勝利。


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・・


「ちくしょう!」と俺は酒を飲んでいた。


 場所は冒険者ギルドに隣接された酒場だ。


 飲めない酒。 一番、アルコール濃度の低い種類でもふらつく。


 戦いの後、酒を飲んではいけない。 血行が良くなるので脳にダメージが残っていると……脳が膨らむと言われている。


 じゃ、なんで冒険帰りの冒険者向けに酒場が隣接されているのか?


 そりゃ俺にもわからん。 まぁ、治癒魔法があるから死なないんだろう。


 まぁ、モンスターと戦うのが常の世界だ。医療レベルが発展してるのかもな。


 なんにせよ……


「マジで昇格試験、失格にされるとは思わないじゃん」


 あのダブロスとの戦いで序盤。 城を守る防衛戦を想定した試験なのに、一撃で城を破壊されただろ?


 あれがダメだったらしい。 


「ユウキさん、珍しく荒れてますね。そんなジュースみたいなお酒で、よく酔い潰れますね」

       

「あぁ、アリッサか。お前も飲めよ、俺の酒が飲めないのか!」 


「いや、それは普通の水ですよ」


「ん~ 俺の故郷じゃ女の子に強引に酒を飲ますのはタブーなんだよ。あと、『俺の酒が飲めないのか!』って一度は言ってみたかったんだよね」


「酔い潰れてるわりには冷静なんですね、ユウキさん。それで、どうして、そんなにお酒を?」


「冒険者の昇格試験を受けて見たけど、ダメだったんだよ」


「えぇ! 2級昇格から試験は難しくなるとは聞いていましたが、ユウキさんでも合格できなかったのですか?」


「ん? 2級紹介? 何の話だ? 俺が受けたのは4級への昇格試験だぞ」


「え!?」


「ん!?」


 なんか妙だぞ。 話が噛み合ってないような……


「ユウキさん、どうしてワザワザ4級の試験を? 私たちは既に3級なのでは?」


 そう言ってアリッサは、冒険者の証明書を出して見せてきた。


「確かにアリッサの証明書は3級になっている。いつの間に昇格試験を?」


「受けてませんよ? そもそも冒険者の階級は試験だけではなく、ギルドへの貢献度で昇格も可能なので――――たぶん、ユウキさんも既に3級冒険者になっているはずですよ?」


「なに!」と俺は、自分の証明書を取り出した。


「本当だ……3級冒険者になってる」


 2階級特進……いや、死んでるじゃねぇか! 


 ってセルフツッコミを思いついたがアリッサはもちろん、誰にも通じそうにない日本ジョークなので封印。


 俺は、昇格試験を受ける事になった経緯を思い出した。


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


『まぁ、一応は受けて見るか。一番試験が近い日にちは……』


『今日ですね』と受付嬢さんはニッコリと答えてくれた。 


『今日!? 流石に準備も何もしていないので無理じゃないかな』


『大丈夫です! 4級への昇格試験ですよ? そんなに難しくありません!』


 受付嬢さんの気迫には凄まじい物を感じた俺は、促されるままに昇格試験を受ける事になった


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


「は、謀ったな! 受付嬢さん!」


 俺は受付窓口を見た。 そこでニッコリと笑みを浮かべている受付嬢さんと目が合った。


 なんてことはない。 あれは、本当に俺の昇格試験ではなかったのだ。


 召喚術士と魔物使いへの特級認定試験。


 俺は、試験官としての役割を宛がわれていたのだ。 なんの説明もなしで……


 しかし、不思議な事も残っている。


 どこから、どこまでが彼女の計画的犯行だったのか? 


 いつか機会があれば聞いてやろう。 けど、今は――――


 「あぁ、牛のステーキ食べたいな……」と俺は呟いて、テーブルへ頭を伏せた。


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