真実はこの中に

浅川さん

真実はこの中に

 男は大金と引き換えに、一つのを手に入れた。

 それを手に入れるために男は長きに渡る労働や、無意味な労働、辛い労働、暑い労働、寒い労働に耐え抜いた。




 その少し前、都会の薄暗い店舗の重たい扉を開けるなり、男は店員にこう言った。


「一番良いものをくれ」


 スキンヘッドで黒いスーツを着こなした店員はニヤリと笑い答えた。


「おいおい、なんだその注文は。さてはあんた、素人だな?」


 男は動揺した。


「な、何を言ってるのかわかりませんね」


 とぼける男に少し呆れながら店員は答える。


「………いいか、坊っちゃん。まずは買いたいものをよく調べてこい。話はそれからだ」


「はあ?俺はアンタら店員にを聞きに来たわけ。店員なのにわからないのか?」


 男が煽るように言うと、店員は首を振った。


「全く何もわかっちゃいないね。あんたは銃を買うときに相手を調べずに買うのか?あんたが狙う対象によって選択する武器は変わるはずだ。サイレンサー付きなのか、破壊力重視なのか、相手次第で方向性はまるで違う。そもそも銃が適切なのか、ナイフのほうが有効じゃないか。そういう事を調べないとこちらも売れない」


 そう店員が言うと、男はしばらく考え込んだ。


「………近接特化で破壊力重視。でも、軽くてギラついてない感じで」


「うーん、注文が多いな。だが、無いよりはいい」


 店員はカウンターの内側に潜り、ガサガサと何かを探していたが、やがて顔を上げた。


「あったぜ」


 ニヤリと笑いながら一つの箱を差し出す。


 店員は中身を男に見せる。

 それを確認した男は頷く。


「………完璧だ」


「そうだろ?本当の愛ってもんは形や重さじゃない。あんたの気持ちなんだ。俺はあんたの注文から感じ取った情熱を元にをチョイスした。だが、最後に必要なのは愛という名の弾丸だ。愛を持たなけりゃ良い仕事はできないぜ」


「よくわかったよ。ありがとう」


 男がお礼を言うと店員は笑った。


「オーケー、それが分かれば一人前だ。それではお客様、代金を頂きたいのですが、本日ご用意はありますか?」


「これで足りるか?」


 男はカバンから金貨の詰まった革袋を取り出す。ほぼ全財産だ。

 店員は革袋を受け取ると中身を確認する。


「………少し足りませんが、お客様の一世一代の大仕事ですから。不足分はサービスさせていただきます」


「そうか………すまないね」


「いえいえ、今後もご贔屓に」


 男が店を出る直前、店員は「幸運を!」と声をかけ、男は右手を上げて答えた。




 そうして、男は大金と引き換えに、一つの箱を手に入れた。

 男は箱を懐に忍ばせ、何度も練習した通りにポイントに向かう。

 ここまではスムーズだ。なんの問題もない。


 しかし、そこで予想外のことが起こる。

 男がポイントに到着すると、まだ予定時間にはなっていないのに、ターゲットはそこにいた。一時間も早い。ターゲットはベンチに座り、本を読んでいた。

 男は咄嗟に木の陰に隠れる。


「クソ、待ち伏せするつもりだったのに。予定変更だ」


 男は用意していたメモを破り捨てて待ち伏せされていた場合のプランを考え始める。


 正面から行くのは失敗した場合逃げ場がない。やはり背後から攻めるべきだろう。なに、俺の懐には最高のアイテムがある。一撃で仕留めるのは容易いはずだ。落ち着け………

 男は上着の上から懐の箱を握る。




「あら、もしかしてアルバート?こんなところにいたの?」


 突然声をかけられて、思わず飛び上がる。


「な、何で君が………」


 声をかけてきたのは、ターゲットであるレイナ・ブロッサムだった。


 男………アルバートの頭は真っ白になる。

 逆に奇襲を受けてしまった。こんな時、こんな時はどうすれば………


「えっと、なんか落ち着かなくて。早くついてしまったの。あなたもそう?」


 レイナは少し恥ずかしそうに言った。


「あ、ああ。そうだね」


 その様子を見てアルバートはますます何も考えられなくなるが、何とか返事をする。

 それを聞いたレイナはにっこり微笑んだ。

 それを見て、アルバートはもう死んでもいいとさえ思ったが、上着の上から握ったままの箱を思い出す。

 これを渡すまでは死ねない。


「レイナ、聞いてほしい」


 もはや台本は無かった。なんの作戦も計算もない。

 だが今しかないということは本能的に理解していた。懐から箱を取り出す。そこには彼女の為に選んだ指輪が収められている。

 アルバートはレイナの左手を取り、少し震える声で言った。



「僕と、結婚してくれないだろうか」



 完

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真実はこの中に 浅川さん @asakawa3

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