御箱様

安崎依代@『比翼は連理を望まない』発売!

 その箱を手に入れた者は、全てを手に入れると言われていた。


 御箱オハコサマ


 薄くて綺麗なだけのその箱を守るためだけに、代々の先祖が命を散らしてきたと、わたくしは知っている。


 そしてわたくしも、遠からずこの箱のために命を落とすことになるだろう。


 周囲を取り囲む炎にあぶられて、頬が、髪が、チリチリと焼けていた。もしかしたら、うちぎの裾にはすでに炎が燃え移っているのかもしれない。


 今、この城は、まさにこの箱を狙った敵軍に囲まれている。この箱を手に入れるためだけに、この城に住まう者達を虐殺した輩が、炎の壁の向こうで必死にこの箱を探し求めているのが音で分かった。


 わたくしは、この箱を継承する最後の一人。


 だけどわたくしは、この箱の中身を知らない。きっとご先祖様達も、誰も知らないだろう。


 箱を開けてはならぬ。箱を開ければご利益は失われる。


 その言葉とともに、この箱は継承されてきたのだから。


 だけどきっとそんなの眉唾だって、わたくしは……わたくしだけは、知っていた。


 だってこの箱は、こんなにも軽くて、こんなにも空っぽなのだから。


 わたくしは体に燃え移る炎も意に介さず、対峙した箱に掛けられていた組紐を解いた。そっと両手を添えて蓋を上に持ち上げれば、抵抗なくスルリと箱が開く。


 文箱のような、平ぺったい箱。装飾も何もない、ただの薄汚れた箱。


 その中にはやはり、何も入っていなかった。


 わたくしの予想通りに。


 箱の中身は、空っぽだった。


「……あっは」


 炎がパチパチと音を上げる。髪が、衣が、肉が血が骨が。静かに燃えていく不快な臭いが、炎の熱を越えてわたくしの鼻に突き刺さる。


「あはっ……あははっ……あはははははははっ!!」


 それでもわたくしは、体の奥底から沸き上がる笑いを止めることができない。


「ハハハハハハハハハッ!!」


 おかしくておかしくてたまらない。


 何にも入っていない箱。きっと先祖がうまく豪族に取り入るがためにでっち上げた嘘の箱。


 この箱のために、何人が命を失ったというのだろう。どれだけの人間が争ったというのだろう。


 こんなちっぽけな箱のために。


 ただのガラクタのくせして、数多のヒトの運命を狂わせた箱。


 こんなものの、ために。


「あはっ……はは……っ」


 ……こんなもののために親兄弟を殺され、仇の嫁にされ。


 今こうして身を焼かれ、城もろとも燃え落ちようとしている。


 我が人生の、なんと滑稽で、虚しいこと。


 わたくしは焼けて肉が落ちようとしている両腕を箱に伸ばすと、床から箱を取り上げた。


 振りかぶり、床に叩きつける。先祖代々崇められてきた箱は、たったそれだけで粉々に砕け散った。そのあっけなさが何だか面白くて、わたくしは燃え盛る足で木端を踏みつけて、さらに笑った。


 衝動のままに、わらい続けた。


「あははっ! ははっ! アハハハハハハハハッ!!」


 その狂笑に追従するかのように、燃え上がった柱がメキメキと倒れ込んでくる。


 視界が頭上から真っ赤に染まる。その様をわたくしは、きっと満面の笑みで見つめていた。




『笑って死んでいけたらいいのにな』


 そこに何もないと分かっていながら、かつてわたくしは御箱様に願った。


 もしかしたらガラクタの癖してヒトの命を吸いすぎた箱は、最期の最後にその願いを叶えてくれたのかもしれない。

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御箱様 安崎依代@『比翼は連理を望まない』発売! @Iyo_Anzaki

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