ゆりばこ ~主人公に選ばれなかったギャルゲーのヒロイン達が、教室の隅の用具箱の中に緊急避難して、イチャイチャしちゃう甘々な話し~

尾津嘉寿夫 ーおづかずおー

この用具箱の中で、君と一緒に本当の恋をしたいのかもしれない……

「これ昨日のノート。アンタ昨日、学校休んだでしょ。だから写させてあげる。でも勘違いしないでよね! これはアンタに貸しを作るためにやっただけなんだから!」


 主人公に向けて昨日、授業を板書したノートを差し出す。


 主人公は「ありがとう。悪いな。」と言ってノートを受け取り教室から出ていった。そんな主人公の事を、私は腰に手を当てて見送る。

 

 ここは、とあるギャルゲーの世界。


 私――三ツ星 きらら(ミツボシ キララ)は、この世界に4人いる攻略対象ヒロインの1人だ。


 金髪のツインテールで作中1番の巨乳。実家は世界的に有名な企業を経営している。


 性格はツンデレで、少しキツめな見た目をしているが”その手”のプレイヤーに絶大な人気を誇っているのだ。


 ただムカつくことに、作中のメインヒロインは主人公の幼馴染と主人公の義妹なのである。


 確かにメインヒロインの2人は、”いかにもメインヒロインです”って感じの見た目をしているが……私がメインヒロインじゃないなんて、絶対に世界の方が間違えている。


 このギャルゲーには共通ルートと個別ルートがある。


 共通ルートの選択肢次第でヒロイン達の主人公への好感度が変わり、それぞれのヒロインによる個別ルートへと分岐するのだ。


 現在の進行度は共通ルートの終盤。各ヒロイン達の好感度を考えると、恐らく、メインヒロインの2名の内どちらかのルートへと分岐するだろう。つまり、今回の世界線では、私は主人公から選ばれなかったのだ。


 まるで1日の終りを表すように夕暮れ色に染まる、教室の窓から校庭を眺めと、モブキャラ達が談笑をしながら校門を通り過ぎる姿が目に入った。


 私も彼女達のように、モブキャラの1人として生まれていたらこんな思いはしなかったのだろう……。


 唇を噛み締めながら彼女達のことを見ていると、トントンと肩を叩かれた。


「もうすぐ、主人公達が教室に帰ってくるから、場所を移した方が良い。」


 私に話しかけてきた女性は、攻略ヒロインの1人――四条 ヒカリ(ジジョウ ヒカリ)


 青髪のショートカットで、同性の私でもドキリとさせられるようなボーイッシュな見た目をしている僕っ娘だ。


 ただ、口数は少なく、口を開いたときには、私の図星を突くような事を言ってくる……気になるけれどムカつく存在だ。


 そして今回、ヒカリは主人公への好感度がぶっちぎりで低い。


「アンタは何で、教室に戻ってきたの?」


「僕はカバンを取りに。」


「ねえアンタ、他のヒロイン達に比べて主人公に対する好感度が低いけれど、悔しくないの?」


「別に悔しくないけど? きららは、あの2人に負けるのが悔しいの?」


「悔しいに決まっているでしょ! だって主人公のことを取られちゃうんだよ!」


「そっか、きららは主人公のことが好きなんだね。主人公のどこが好きなの?」


 主人公のどこが好きか……あれ……?

 私、主人公のどこが好きなんだろう……。


 目が隠れるくらいの長い前髪が特徴的だけど、それ以外の見た目は普通……。

 何をするにも優柔不断……。

 一緒に話をしていても別に面白いわけではない……。


「ど、どこだって良いじゃない。私達は主人公に恋をするように作られたんだから。」


「それって、本当の恋って言うのかな? 最近僕は、主人公に好感度を上げられる選択肢を選ばれなくて、少しだけホッとしているんだ。前回の世界線では、僕の個別ルートに突入したけれど、好感度が上がっても主人公のことを本気で好きになれなくてね。」


 人差し指で頭を掻きながら、困ったような笑顔を浮かべる。


「だって、主人公って誰にでも気のあるような態度を取るし、何なら最大4又するでしょ。僕は誠実な人が好きだから。」


 このゲームには共通ルートで全員の好感度が高いと発生するハーレムルートがあるのだ。


 しかし、ヒカリが珍しく饒舌に喋る。主人公に対し、強制的に高感度が上がるにもかかわらず、本気で好きになることが出来なかった主人公に、何か思うところがあるのだろう。


 そんな話をしている内に、誰もいない廊下から足音が聞こえ、教室の扉の磨りガラスに3人の影が映った。


 主人公と2人のメインヒロインが帰ってきたのだ。


 この後この教室で、主人公は2人のヒロインの内どちらが好きか――それとも、2人とも選ぶのか、選択を迫る長いシーンがある。


 私は「こっち」と言ってヒカリの手を取り用具箱へと隠れた。向かい合わせで抱き合うように用具箱へと飛び込み扉を閉める。


 抱き合った手をほどき身体を離すと、いつものボーイッシュでクールなヒカリとは似ても似つかない表情を浮かべていた。顔を真っ赤にさせ、目を潤ませながら、私と目線を合わせないようにキョロキョロとしている。

 

 普段なら確実にヒカリのことをからかっているのだが、私もドキドキし過ぎて、そんな余裕は無い。


 用具箱の中はヒカリの使う制汗スプレーの爽やかな香りが充満している。抱き合うヒカリからは、女性特有の柔らかさとスポーツ万能である彼女の力強さを感じる。


 余りにドキドキし過ぎたせいで頭がくらくらとした。


 きっとそのせいだ!

 全部ヒカリのせいだ!

 あんなことをしたのは……。いや、あんなことさせたのは……。


 絶対に責任を取らせてやるんだから……。


◆◆◆◆


 僕はきららに手を引かれ、抱き合うように用具箱へと飛び込んだ。抱き合った手をほどき身体を離すと、きららの顔が至近距離に飛び込んでくる。


 普段から可愛い顔をしていると思っていたが、近くで見ると、より可愛いいことが分かる。

 

 きららは猫のような少女だ。可愛らしい容姿に物怖じしない性格。気まぐれで、時々僕と言い争いをするが、心根は優しい女の子だ。


 そんな彼女が僕の眼の前3センチのところで、蕩けるような表情を浮かべている。

 

 意識をすればするほどドキドキとした。


 今、僕はどんな表情をしているんだろう……。


 意識しないように目をそらすと、彼女は僕の首元に両腕を回した。そして、彼女のリップを引いた瑞々しい唇が、僕の唇にギリギリ触れない距離まで顔を近づける。


「ねえ、このまま本当の恋をしよ。」


 きららはそう話すと、僕の首元に回した両腕の内、左腕だけをほどき僕の右手を取った。そして、きららの胸に僕の手のひらを押し当てる。


「今、すっごくドキドキしているの分かる? このままだと声が出ちゃう……。だから……ね……。私の唇を塞いで……。」

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