高校生

森下 巻々

(全)

 高校の文化祭に向けてクラスの出し物の準備を牧村翔太もしていたときだった。彼の後ろで女子たちの会話が聞こえてきた。

「わたし、今度、文系のクラスに移りたいッて、先生に言おうと思ってる」

「ええー! なんか不満なの?」

 会話の主役が幼馴染みの高田美緒だったから翔太はどうしても耳をそちらに集中させてしまう。

 作業に手が向かない。

「おい! ちゃんとやってるのか?」

 隣の男子に言われてしまったくらいだ。

 翔太は美緒の意思を確認したくなって帰宅途中の駅で訊いてみることにした。

「何? 久しぶりに話しかけてくるじゃん」

「文系志望に移っちゃうって、本当かよ」

「うん」

「もったいなくない? せっかくはいれたのに」

「翔ちゃんはいいよ。もともと数学得意なんだし……」

 彼は『ちょっと待ってくれよ』と言いたかった。彼が理系志望になったのは美緒の影響があったから。

 中学生のときだった。スーパーマーケットのゲーム・コーナーにあるクレーンゲームの前で偶然家族と来ていた彼女と出会ったことがあった。ガラス板が使われ中に積まれた品物が見えるあの大きな箱の前をあちらからこちらから覗いて小さなクマのヌイグルミを彼女に取ってあげた。

 彼女は言った。

「やっぱり、翔ちゃんッて理系だね。前から思ってたけど、いろいろ計算して空間を見てるっていうか……」

 よくよく考えてみればおかしな指摘なのかも知れない。それにもかかわらず以前から高田美緒に好意を寄せていた翔太は理系という言葉を強く意識するようになってしまったのだった。数学等の学習に力を入れるようになり実際に成績へそれは反映されるようになっていったのだった。

「いや、高田……」

「翔ちゃんは、数学好きでしょう?」

 彼は確かにもう数学を好きになってしまっていた。

「うん。でも、好きになれたのは、美緒ちゃんのおかげなんだ……」

 彼は美緒への思いを含めて全部話した。

 彼女はカバンを開けると手を入れた。そしてあのとき大きなガラスの箱で一所懸命獲得した小さなクマのヌイグルミを出してみせた。

「わたしだって、翔ちゃんのことずっと好きなんだから。だから……、だからもともと興味があった以上に、数学も化学も、わたし、ここまでがんばれた。文系に移っても翔ちゃんのことは……」

   (おわり)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

高校生 森下 巻々 @kankan740

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ