ダンボール太郎の鬼退治

月井 忠

一話完結

「むかしむかし、あるところに――」

「イントロはいらねえんだよ!」


 俺はババアの胸ぐらをつかんで詰め寄る。


「ひいい! じゃが、これだけは言わせてくれ!」


 仕方なく手を下ろす。


「川からドンブラコ、ドンブラコと大きなダンボールが流れてきました」

「まさか、本気で言ってるわけじゃねえよな」


「いやいや、ホントじゃ! そんで、そのダンボールを拾って開けたら、お前が入ってたんじゃ!」

「嘘くせえな。なんで川からダンボールが流れてくんだ? 浸水しねえのか?」


「さあ……防水加工でもされておったのかのお」

「それはもう、ダンボールとは呼べねえな……いや、そんな話じゃねえ。結局、俺は誰なんだ!」


「んなもん、知るかいな」


 俺は思わずババアに向かって拳を上げる。


「ひいい!」


 だが、すぐ冷静になって拳を下ろす。

 ここまで育ててくれた恩を忘れるわけにはいかねえ。


「カッとなって悪かったなババア。だが俺は自分を知らなきゃならねえ。ここを出ていくぜ」


「やっと、一人暮らしを始めるのか」

 ふすまを開けてジジイが出てきた。


 どうやら今日は調子が良いようだ。


「ああ、俺は自分のことを知りたい。それに、もう50歳だ。いい加減ニートでは済まねえって話だ」


 なぜかジジイはぷるぷると震えている。


「遅いんじゃ馬鹿者が! さっさと出ていけ! そして働け! この穀潰しめが!」

「チッ! 盛大な見送りをしてくれるじゃねえか! そんじゃ、ちょっくら鬼退治に行ってくるわ!」


 俺は右手をあげて、ボロ家を後にする。


 そういや、こういう時には「キビダンゴ」とかいう魔法のアイテムを貰えると聞いたことがあるが……。

 いや、今更か。


 それにイヌはともかく、サルとキジを連れて歩くわけには行かねえ。

 途中で害獣駆除されるのがオチだ。


 まずは、俺をダンボールに詰めて川に流した鬼を退治しようじゃねえか。


 俺は捨て猫じゃねえ。


 いや、このご時世、猫でもやっちゃいけねえことだ。

 命を粗末にするヤツは鬼だ。




 俺は街に出ると、さっそく遺伝子検査キットを取り出し、片っ端からその辺を歩くジジイとババアの唾液を接種する。

 もちろん、文句を言われたが、それでも住所を聞き出すことも忘れちゃいねえ。


 途中、何度かポリ公に追われたが、逃げ切ってやった。


 俺は山育ちだ。

 足には自信がある。


 こうして俺は、俺を川に流した鬼、母親を特定することができた。


「おい、テメエ!」

「アンタ! 街で口に手を突っ込んできた男だね! 通報してやる!」


「ちょっと待ちな。テメエ50年前、川に子供を流しただろ!」

「えっ」


「やっぱりな! その子供が俺だ! よくも俺を川に流しやがったな!」

「タケシ? タケシなのかい?」


 ババアは目に涙をためている。


「これがその証拠だ! テメエと俺は99.99%の確率で親子だと証明されている!」

 俺は遺伝子検査の結果がプリントされた用紙を見せてやった。


「ああ、タケシ! 会いたかった、タケシ」

「うっせえ、俺はダン太だ! ダンボール太郎、略してダン太だ」


「ああ、タケシ。川に流されている間に頭を打ったのね。なんて可愛そうな」

「おい、話を聞けババア。テメエは俺を流した。この恨み忘れたわけじゃねえからな」


 俺はカバンからドスを取り出した。


「そんな、母さんを恨むの? そんな!」

「あたりめえだろ。テメエは子供を川に流した。その罪は万死に値する」


 ドスをババアに向ける。


「ひいい! やめて、せめて話を聞いて!」


 不意に俺を拾ったババアの姿が重なりやがった。


 こいつにもそれなりの理由があったのかも知れねえ。

 どうするかは、話を聞いた後に判断することもできるじゃねえか。


 それならば。


 そう思った俺はドスを引っ込める。


「話、聞いてくれるのね?」

「……ああ」


 ババアは静かに話し始めた。


 この女はとある男と結婚した……つもりだった。

 結婚に関する手続きの全てを男に任せていた。


 だから、後にそんな届け出はねえと役所で知ることになる。

 その頃すでに女の腹には俺がいた。


「俺には大事な家庭がある。お前とはコレっきりだ」

 男はそう言って出ていった。


 そもそも、その男は普段から暴力を振るうようなクズだった。

 女はその言葉でやっと男の本性を知ったってことだろう。


「私一人じゃ、タケシを育てられなかったんだ。仕方なかったんだよ」

 ババアはそう言って泣きやがった。


 鬼だ。


 どいつもこいつも鬼だ。


 父親であろう男は間違いなく鬼だ。

 そして、そんなヤツに騙され、俺を川に流した母親も鬼だ。


 だが、俺は握っていたはずのドスが、するりと落ちるのを感じた。

 二人して抱き合って泣いた。


 俺は鬼を退治することができなかった。




 俺は実の父親である鬼を探すことにした。


 母親から父親の名や手がかりを聞いて、めぼしい街に見当を付け、聞き込みを始めた。

 怪しいと思ったジジイには、片っ端から口に遺伝子検査キットを突っ込んでやった。


 今度もポリ公に追われたが、俺はまた逃げ切ってやった。


 そうして、俺はやっとそのジジイを見つけた。

 とある介護施設にいたそのジジイは、もはや口も聞けねえ有り様だった。


 認知症が進み、車椅子での生活。

 そんなジジイをどつく気はさらさらなかった。


「お知り合いの方ですか?」

 俺がジジイを見ていると、オバサンが話しかけてきた。


「ああ、まあな」

「……そうですか。私、娘なんです」


 一瞬、ドキッとしちまった。

 どうやらコイツは、俺にとって腹違いの姉妹ってことになるようだ。


「この人、サイテーな人なんですよ」

「はっ? どういうことだ?」


 彼女は俺の目を見た。


 半分だけだが、血の繋がりがある。

 俺に対して何か感じ取ったのかもしれねえ。


 彼女は男のことを語りだした。


 男は妻にも娘にも暴力をふるった。

 妻は耐えかねて離婚を持ち出したが、そのことでまた暴力をふるわれた。


 仕方なく離婚を諦め、娘を連れて家を出ることにした。


 それから何十年もして、娘に連絡が来た。

 父親が意識不明の状態で川に落ちていたらしい。


 父親は自分の名前も住所も忘れていた。

 警察は父親の所持品から、身元を洗い出し娘にたどりついたらしい。


「私はどうして父がこんな人なのか知りたくなりました」


 彼女は父親の親戚に話を聞きに行ったのだと言う。


 父親の父親。

 つまり俺から見ると祖父もまた、暴力をふるう人間だったという。


 祖父の妻、つまり祖母はそれでも逃げることなく耐え続けた。

 もちろん、父も暴力の被害に遭っていた。


「だからなんですかね。DVは世代を超えて連鎖するって言いますし」

「そんなもんかね」


 俺は曖昧に答える。


 彼女の左手の薬指には指輪がはめられていた。

 ふと暴力の連鎖は断ち切れたのか、彼女に聞きたくなってきた。


 だが止めた。


 断ち切れていたのなら、聞く必要のねえことだ。

 断ち切れていねえなら、そんな話は聞きたくねえ。


 結局、俺はまた鬼退治ができなかった。




 どこもかしこも鬼ばかりだ。


 だから俺は警官になることにした。

 警官になれば「ハジキ」を好きに使える。


 鬼に出くわしたら、一発ぶっ放してやれば良い。


 そこそこ問題になるだろうが「シマツショ」というヤツをペラいちで書けば大概のことは許してくれる。

 それがポリ公の仕事だ。


 何の因果かマッポの手先、それもいいだろう。


 そう思って俺は調べてみた。


 残念ながら俺にはその資格がねえらしい。

 警官になるには年齢制限があって、50歳のニートには無理ということがわかった。


 だが、俺はくじけねえ。

 鬼退治をするのに、警官である必要はねえ。


 俺は今、私人逮捕系ユー◯ューバーを目指している。

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