第六話 虚空蔵市

 買い物は近所のスーパーで問題ない。

 外で食べたいときには、定食屋もラーメン屋もレストランもある。

 電気もガスも、そして水道も問題なく使える。

 ただ、電話とインターネットは繋がらないから、今の市長が虚空蔵こくぞう市内の大学や電気工事会社と協力して、この限られたエリア専用の回線を用意したと聞いている。



 ■ ■



 僕らはどれくらいの箱を破壊できただろう。

 毎日という程ではないが、目撃情報は一週間に五件くらいは寄せられる。

 中には見間違いや既に姿を消していたものもあるから、箱兵器と戦うのは、一週間に二回程度だと思う。壁の付近で大量の箱兵器が集まっているという情報もあったのだが、市街地に近づいてこないことと、市長から今の人数では危険だからやめておくようにと言われている。

 そもそも、箱はどこから来たのだろうか。箱は、どうして増えたのだろうか、どうやって増えているのだろうか。箱は、どうして人間を攻撃するのだろうか。箱は、どうやって移動しているのだろうか。

 いったい、どれほどの箱を破壊すれば、人類は救われるのでしょうか。

 箱は、いったい何をしたいのでしょうか。

 僕たちは世界を救うことができるのでしょうか。

 神様、教えて下さい。



 ■ ■



「今回の任務地は、西部の〝壁〟に近いエリア。レールも無いのに電車が走っているとの情報が寄せられた。これの真偽を確認。のち、箱兵器であれば速やかに破壊する、という任務だ」

「はいさー」

「了解」

「うん」

「はーい」

「ち、めんどくせえ」


 本音を言えば、僕も疲れていた。

 だから、面倒だという意見もよく分かる。

 だけど、人類の敵である箱を壊せるのは、僕たちだけなんだ。


 でも、どうして箱を壊さなければならないんだっけ?


「アオちーにいちいち文句をいうんじゃない、ケンちー」

「は、はい。すみません」


 ケンジの悪態を、最近、ヒナが窘めるようになっていた。それに対するケンジの反応はと言えば、カイトが絡んだときの如何にも面倒くさそうな様子と違って、分かり易くうな垂れているのが分かる。

 ケンジの口の悪さは、きっとそういうことなのだ。



 ■ ■



 いつもの通り、僕らはコガタに乗り込んで目的地を目指した。

 運転手は僕である。

 はっきり言ってしまえば、僕は他の五人より圧倒的に弱いし、指揮を執るだけで仲間を守ることもできやしない。

 だから、運転で少しは活躍の差を埋められると考えたのだ。

 当初はカイトやアカリも気を遣ってくれたが、今はすっかり慣れたのか、或いは却って気を遣わせることになると思ったのか、最近はもう何も言ってこない。

 そうしてコガタを走らせること約二十分。どこまでも続く巨大で透明な壁がよく見える、本来の箱を感じられるエリアに到着した。

 『関係者以外ノ立チ入リヲ禁ズ』と書かれたフェンスの手前まで警戒しながら歩くも、ここまで箱兵器は見ていない。以前のように、道路に何か痕跡が残っているかも知れないと、注意深く観察したが、やはりそれもなかった。

 ふと、フェンスの向こう側を見る。

 長いフェンスと壁の間は基本的に何も無い。

 道路も、道路を並走する送電線と鉄塔も当たり前のように先へ先へと続いていて、壁の向こう側との行き来もできないはずなのに、朽ちている様子はない。その送電線は何かの建物に繋がっているようにも見えた。


「ねえ、カイト」

「どうした、アオちー」


 僕ら二人、腕組みしながらフェンスの向こうを見て話す。

 身長は、カイトの方が少し高い。


「からかうなよ、カイちー」

「……微妙だな」

「そうだな」

「イトちーの方がいいんじゃないか?」

「いいのかよ」

「冗談だよ。それで、何か分かった?」

「いいや。何も分からないんだけど、この向こう側ってどうなっているんだろうなって思ってさ」

「んー、やっぱり壁の向こうにも家があってビルがあって……、ああ、でも箱に飲み込まれた箇所で、中の建物が無事なのが見えても、人がいるのを見たことはないって話だったな、学校では」

「それもなんだかおかしな話だから、多分、見えていないだけで、本当は生きているんじゃないかなあ。だって、中の人たちが死んだとしても、その体が見えないっていうのはおかしいよね」

「アオが言うんだからそうかも知れないなあ。だとしたら、やっぱり箱ってなんなんだろうなあ」

「なんなんだろうねえ」

「……ん?」

「どうした、イトちー」

「その話、まだ続いてたのかよ。でさ、なんか遠くで電車が動いているのが見えるんだけど」

「フェンスの、向こう?」

「そう。フェンスの向こう」

「みんな、フェンスの向こうに箱兵器がいるかどうか確認」


 カイトに言われて僕は目を凝らし、他の四人にも確認するように促した。

 確かに直方体の物体が動いているのが見えるのだが、それが何であるのかはこちらからはまだ分からない。

 何か拡大できるものはと、ジャケットの内ポケットに入れていた小型の双眼鏡を探すが、気付けばスイがそれを持っていて、以前の任務で貸したままになっていたことを思い出した。


「スイ、何か見えたか?」

「直方体の電車らしき物体が動いて……こっちを向いた。白い。近づいてくるかも」

「総員、いったんコガタまで退避! のち、戦闘態勢に移行!」

「了解」

「はいさー!」

「うん!」

「はーい」

「おう!」


 ヒナのお陰で、ケンジが少し素直になった気がした。

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