第三話 リビーラー

 人類の前に〝箱〟が現れてから三十年が経った……らしい。

 僕が生まれる前のことなのだから、本当のことは分からない。

 それから箱は、少しずつその数を増やし続け、飲み込まれた都市も数えきれないほどになった。

 僕が住む虚空蔵こくぞう市も、すでに周囲の町が箱に飲まれ、もう何年も前から孤立しているということである。これも、学校で教わった話で本当のところはわからない。何せ箱の近辺は立ち入り禁止エリアになっているのだから。


「行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 お母さんに挨拶をして、僕は家を出た。

 朝に吐く息は、まだ白かった。虚空蔵市役所へ向け、僕は黄色に黒いラインが入ったジャケットの、その立て襟に口を隠して歩く。

 空を見遣れば、今日の僕の門出を祝うように真っ青で、まるで作り物みたいだと思った。


「アオ、お早うさん!」


 鉄筋コンクリートの市役所が見えてきたとき、幼馴染のカイトに出会い、挨拶を交わす。

 彼も僕と同じジャケットを着ているが、男同士でペアルックをしているわけではない。

 これが制服なのだ、今日から僕らが働く職場の。

 そう、僕とカイトは今日から虚空蔵市の職員になる。正確には市の職員とはちょっと立場が違うらしいのだが、それでも僕は、これから世界のために働けることにワクワクしていた。期待に胸を膨らませていた。

 どんな仕事を任されるんだろう、どんな人たちと一緒に働くことになるんだろう。

 でも、僕は、僕らはすでにそれを知っている。


「えー、本日ここにこうして組織が始動することを、大変嬉しく思います。これは市長としての意見ですが、同時に一人の虚空蔵市民としての感想でもあります。我々は遂に箱に対抗しうる力を手に入れたのです。どれだけこの瞬間を待ちわびたことでしょう。皆さんには栄えある〝リビーラー〟の一期生として、後進につながるような、そして市民の期待に応えられるような活躍を期待しています」


 僕らが働く職場は、対箱特殊異能部隊〝リビーラー〟。

 人類の敵、箱を破壊するための組織であった。

 箱を破壊するなど絵空事だと思う人もいるだろう。だが、リビーラーはそれを可能にした。リビーラーに所属する僕ら子供が、箱を破壊する能力を持っていた。



 ■ ■



 あれは今から五年前のまだランドセルを背負っていた頃。

 公園でカイトと遊んでいたときに、突如として僕の右手にマンガやゲームで見るような剣が握られていた。

 それを見たカイトは目を輝かせて「かっこいい!」と叫び、そしてうーんと唸ると、今度はカイトの手にマシンガンが現れたのである。それを見た僕も、当然「かっこいい!」と叫ぶのであるが、一頻り見せ合った後に冷静になれば、これは人を殺せる武器なのだと思い至る。そう思った途端に、絶望にも似た感覚が僕を襲うが、次には、それはどうでも良くなっていた。

 目の前に箱が現れたからである。それは学校で教わったように、小さな立方体がいくつも寄せ集められたような、粗さが目立つ真っ白い自動車だった。

 その不格好な自動車が、けたたましくクラクションを鳴らし、よたよたと歩いていた野良犬を今にも轢かんと急発進したのだ。

 箱の自動車は手が届く距離。

 僕の体は勝手に動き、箱に剣を突き立てていた。

 カイトの体も勝手に動き、マシンガンから放たれた銃弾が、至近距離で次々と自動車にめり込んでいく。

 無我夢中だった。

 自分がどう動いたなんて、覚えてはいない。

 気付けば、自動車を構成していた箱は周囲に弾け飛び、そして消えていた。

 僕の剣も、カイトのマシンガンもいつの間にか消えていた。


 それからは慌ただしかった。公園の目撃者からあっという間に情報が拡散し、市の職員が市立病院の医師や市内の大学の教授などを連れてきて、両親と何やら話していた。そうかと思うと、翌日には事情が呑み込めない内に大学の施設に連れ去られ、散々に体を調べられたのである。

 それで何か判明したのかと言えば、結局のところ何も分からず、検査の上では普通の人間と何ら変わることがないということが分かっただけであった。

 その検査で何か判明すれば、僕の運命は変わっていたのかもしれないが、そんなこともなく、その日以降も、ちょくちょく市役所の職員などが迎えに来ては、武器を自由に出せるかどうかなど、事細かに条件を設定された実験をやらされる日々が続いた。

 それが何年か続いて十三歳になると、今度は市内の自衛隊基地に連れていかれるようになった。そのとき初めて、僕とカイト以外にも、武器を出現させることが出来る子供がいることを知ったのである。

 施設の敷地に入って、正面の建物の自動ドアを抜け、少し奥まったところにある会議室に、僕とカイトのように武器を出現させたことがある子供たちが合計で六人、その部屋に集められたのだ。

 同類と会ったからどうしたというわけでもないが、簡単な自己紹介をして情報交換をしたような記憶はある。まだお互いにどう接して良いか分からなかったが、それはカイトとケンジを除いての話だ。カイトは初対面の人間でも物怖じせずに話しかけていたし、ケンジに至っては、いちいち何かに文句を言っていたことを、よく覚えている。

 けれど、ここは自衛隊の施設である。わざわざ自衛隊の施設に集められたのである。

 簡単な顔合わせだけで終わることはなく、支給された服に着替えさせられ、詳しい説明もないままに、ひたすら体力をつける訓練と的に攻撃を当てる訓練を受けさせられた。

 いや、説明はあったかもしれない。「武器を持つ者には責任が伴う」とかなんとか。

 今となってはそれがどういう意味かよく分かるし、訓練をつけてもらって良かったとも思える。この武器は、箱以外のものにも作用するのだ。それでいて誰にも取り上げられることはない。それだけに、武器が引き起こす結果を知っていなければならないのである。

 そのまま知らずに育っていたら、きっとろくでもない人間になっていたことだろう。



 ■ ■



 こうして訓練を終えた十六歳の僕ら六人は、色々な大人たちに関わって、今、こうして箱と戦う組織リビーラーの一員になった。

 この虚空蔵市で箱と戦えるのは、僕らだけだ。

 リビーラーのメンバーの中には、箱と戦うのが恐いという者もいる。だけど僕はこのメンバーなら何も問題はないと確信していたし、何よりも僕自身が箱に殺されることは無いと楽観視していた。

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