第二話 箱

 西暦20XX年、小さな家ほどのそれは、何の前触れもなく人類の前に現れた。

 初めはただ、宙に浮いているだけだった。

 それは透明のようでいて、けれど視認ができるのだから透明ではなく、当然のことながら生き物であるのか無生物であるのかも分からなかった。

 じきに、人類はただ浮いているだけのそれを、観察し始めた。中には神だと崇め始める者もいた。

 だけどそれは、風に流されることもなく相変わらず宙に浮いているだけだった。

 誰かが成分を解析しようと言い始めた。

 ヘリコプターでそれの上に回り込み、石や土を落として上に立てるかどうかを確認した。すでに何羽もの鳥が居座っていることや、飛行ドローンがぶつかることは確認されていたが、人間が立てるかどうかは分からない。

 石や土がそれを通過しないことを確認すると、いよいよ縄梯子をおろし、掴まりながら慎重に足を置いた。

 右、左と足を置き、そして人間が立っても問題が無いことが確認されると、今度はサンプル採取に挑んだ。

 けれど、手、ピンセット、スコップ、電動ドリル、果ては爆薬など、どれを試してもそれの表面には傷一つ付けられずに撤退した。


 そして翌日。

 それは、増えた。

 音も無く増えた。

 突如として増えた。

 何の前触れもなく増えた。

 定点カメラを確認しても、分裂したとか、割れたとかの動きは確認できず、最初に現れたときと同じように、突然、宙に現れた。

 日に日にそれは数を増やしていき、形は立方体のままだったが、大きさは様々だった。

 だからと言って、飛行ルート上にないそれに特に困ることはなく、人類はただ観察することしかできなかったし、しなかった。


 そんな或る日のこと、それは遂に都市を飲み込み始めた。

 壁一枚向こう側に通信はつながらず、建物は見えているというのに生き物は認識できない。

 その状況に、人類はいよいよそれを敵と見做し、攻撃を開始した。

 刃物、重火器、大砲、ミサイル、レーザー兵器、超質量爆弾、戦術核……

 ありとあらゆる兵器を試したが、やはりそれに傷を付けることはかなわなかった。


 やがて人類は、それを〝箱〟と名付けた。

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