草森ゆき

 地上に敷き詰められている白い砂は生き物の名残らしい。骨がそのまま砂になったようなものだろうか。私に詳細はわからないが、見渡す限り真っ白だということだけは現実として目の前にあるため理解しやすい。

 滅亡は早かった。滅亡まで、ではなく、滅亡し始めてから、が早かった。半日ほどだったらしい。星が降り、終わった。衝撃波ではなく、どこでも観測されたことのない、病原菌とでも呼ばれる微生物の充満によってあらゆるものが崩れ落ちた。それが半日。十二時間。眠っている間に終わった人もいるだろう。

 今の地球は外側から見るとひたすら白い。


 雪というものがある。降り積もる氷の粒だ。白い砂に覆われたこの星には、いまだに時折雪が降る。白をさらに塗りつぶす青白さ。その上を歩くと音が鳴る。振動として伝わる。それは声とも呼べる、というか、呼ぶ、生命のごっそり抜け落ちた星の上に類似を求めて私はそう呼ぶ。

 私はただ一人の生き残り、ということではない。地球が滅びたのは数億年前の話だ。私は記録だけでしか地球を知らない。

 初めの日。とは言ってもたった半日で滅んだのだから滅亡する日ではなくて、星が降ると予測された初めの日、どう足掻いても回避はできないから出来る限り被害を抑えようとした生き物たちの希望のひとつ、星の外に救援を求める手段が一度だけとられて、しかし当然無謀だった。私がその救援の記録を目にしたのは地球が白くなって数千年が経った頃。映像の中に広がる世界は不思議だった。萌える木々。空を覆う星屑。縦に伸びる住居群。鳥。犬。魚。人間。地球にいた動くものたち。営んでいた命あるものたち。

 今私が踏み潰しながら歩いているものたち。

 空だけはとても青い。


 砂以外の文明の痕跡を探せと言われた。私は地球の映像を何度も目にした。助けてほしい。そう語る人間の顔からは水分が排出されていて、不思議な機能には私の星のみんなが興味を示したけれど、誰も真似はできなかった。感情が昂ると起こる現象だと後程解明されて、それは地球の人間と似たような姿の生き物を参照した結果だからもしかすると違うかもしれない。そういうものを、私が探す。白いばかりの星の中、白さを掘り起こして違う色を探して見つけて持ち帰る。見つかるまでここにいて構わない。私は歩く。砂の上。生き物だったなにかしら。もうない緑。もうない祈り。助けてほしい。涙と呼ばれたあの水分。

 私は掘る。終わった星から終わっていない何かを探せと命令されて、時間をかけてここに来た。白色はとても綺麗で気に入った。できればここに居続けたい。

 

 地球という星は以前は警戒対象だった。宇宙開拓の時代、時空間の移動が大幅に短縮できる転移装置の開発に成功した地球人は天の川銀河外の星々の調査を行った。それは我々の星にも及んだ。銀色の防護服に身を包んだ地球人の姿に恐慌を来した同胞は少なくなかった。地球人は異様だった。背後にある武力での制圧を協議上での交渉と呼んだ。当然反対が多かった、星内部は割れた。明らかに地球人由来で引き起こされた内戦について、協議和解側からの協力申請を地球は跳ね除けた。我々の介入は悪化を引き起こす。最もらしい理由だったが結果は一つだ。反対派は一掃されて大きな活動はしなくなり、星の中は内部分裂したまま文明を重ねていくことになった。助けなかった。だから助けに行かなかったわけではない。半日で消滅した生き物たちをどうやって救えば良かったのか、どの星の生き物達も明確な答えが現在になっても出せていない。

 無言の中に葬った。あれは死ぬべくして死んだ星だ。

 そうだろう?

 

 延々と白い大地を進み続けて、一つだけ不思議なものを見つけることができた。もちろん白いばかりなのだが、なんとなく膨らんでいる土地があり、これはどうかしら、と掘り進めてみたのだった。

 果たして地面の奥にはシェルターがあった。私は驚いた。地球人は地下に潜って生き延びていたのだと、頑丈なシェルターの壁を見上げながら感嘆した。私は腕をすべて壁につけた。触手状の掌から、できる限り濃度の高い溶解液を排出した。体内の水分は死なない程度、すべてそれにした。白い砂がじゅっと音を立てて瞬く間に溶けた。同じように、シェルターもすぐさま穴が開き、私は中を覗き込んだ。

 悲鳴が聞こえた。まるで超音波のようなけたたましい金切り声に、私の体は警戒のあまりに勝手に膨らんだ。感情の昂りで出る涙。それに似た機能が私たちにもあったのだ。

 すべての腕から溶解液が噴き出した。

 

 宇宙から見る地球は白い。暗い宇宙空間の中、ぽつんと空いた空白のように、その星はじっと佇んでいる。

 私はまだそこで探している。滅亡は、聞いていたより早かった。

 二時間足らずで途絶した。

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