ACT2

 世田谷の青葉台といえば高級住宅が並ぶ一等地である。

 俺はその中に天を突き抜けるように建っているタワーマンションのフロアに立ち、目の前のテンキーボードを言われたように押すと、スピーカーから、今開けますと男の声がした。

 間違いない、電話の声である。

 俺は締めなれないネクタイ(これも災難の前兆だったのかもしれん)を直すと、丁度うまい具合にガラスの自動ドアが開く。

 中へ入ると目の前のエレベーターの操作パネルで最上階を押す。

 俺は箱の中で、わざと髪を撫でつけ、靴を丹念に確認する。

 何しろ久々の上客だ。

 身だしなみに気を使ったって悪いことはなかろう。

 そのまま箱は止まることはなく、俺が押した最上階まで一直線に進んだ。

 扉が開くと、長い廊下がずっと続いている。

 その廊下にまで靴の踵が埋まるかと思われるカーペットが敷いてあった。

 俺は平静を装い、並んでいるドアの部屋番号を確認しながら歩いてゆく。


 目指す部屋番号、

<4012号>を見つけ、ドアホンを押した。

”はい?”

『乾です』

 俺が答えると、ドアの向こうで鍵を開ける音がし、ゆっくりとこちらに向かって開いた。

 立っていたのは、年の頃40になったばかりくらいの男だった。眼鏡をかけた、平凡な顔つきをしている。

 俺は内ポケットからホルダーを取り出すと、探偵免許とバッジをかざす。

『お待ちしていました。どうぞ』

 男は丁寧な口調でそういうと、玄関わきの靴箱からスリッパを取り出して置いた。

『貴方が電話を下さった結城幸助ゆうき・こうすけ先生ですね?』

『ええ、そうです』彼は俺スリッパに履き替えるより早く、脱いだ靴をわざわざ沓箱に自らしまってくれた。

『さあ、中へどうぞ。今日はアシスタントも誰もいないものですから』

 気さくな口調でそう言い、先に立って中へと案内してくれた。


 廊下の突き当りは20畳ほどの広いリビングになっており、そこに事務机がコの字型に5つ並べられてあった。

 高級マンションの一室と言うから、豪華な部屋を予想していたのだが、仕事の道具やら本棚に囲まれた、如何にもオフィスという趣だった。

『今日は構想を練る日でしてね。アシスタントも休みにしてあるんです。』

 彼は俺を並んだ机の奥にある応接セットに案内すると、ちょっと待っててくださいと言い残し、また廊下へと消えた。


 間もなく彼は自ら盆の上にコーヒーカップを載せて戻ってくると、目の前の卓子テーブルにそれを置いた。

『砂糖もミルクもお入れにならないんでしたっけね』彼はそう言って俺の前にブラックコーヒーのカップを置く。

『さて、では以来の主旨をお伺いしましょうか』

 俺は冷静な口調でカップを取り、一口飲んで言った。

 彼は、

”ちょっと待って下さい”と答えると、セーターの上に羽織っていたジャンパーのポケットを探り、一枚の写真を取り出して、俺の前に置いた。


 

 

 



 

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