ACT1

 その年・・・・今から4年前の事だ。

 ハッキリ言おう。俺は金に困っていた。

 それならば毎度お馴染みで、誰も驚きはしないだろうが、しかしその年のピンチは本物だった。

 銀行の預金口座は3か月続けて赤ランプ。

 電気代、ガス代等、公共料金を払ってしまうと、完全にマイナスになった。

 おまけにネグラと事務所オフィスの家賃は大家氏(自衛隊時代の先輩でもある)の恩情で、何とか待って貰っているが、それでもやはり罰が悪いことは否めない。

 好きな酒も我慢して(当たり前か)、飯すらロクなものは喰っていない。

 いっそのこと市ヶ谷に頼み込んで、予備自衛官にでも志願しなおそうか・・・・などと考えていた。


 そんな時、長い間沈黙していた電話が鳴った。

 それも立て続けにだ。

 一本目は見知らぬ男。

”もしもし、仕事の依頼をお願いしたいんですが”

 だが、こっちも痩せても枯れても名探偵だ。

 努めて平静を装い、

『ん、まあいいでしょう。』そう答え、相手の電話番号と住所を聞き、傍らのメモ用紙に手早くボールペンを奔らせる。

受話器を置き、約束を取り付け、ひじ掛け椅子から立ち上がり、帽子とコートを取る。

 

 すると二本目の電話が鳴った。

 今度は知った声だった。

”もしもし、あたしよ。私”

 ハスキーで尻上がり、誘うようなトーン。

 間違いない。

 ミス警視庁さくらだもん、年齢不詳。

 外事課特殊捜査班主任、通称”切れ者マリー”こと、

五十嵐真理警視である。

”お仕事ないんでしょ?口座も赤ランプが絶賛点滅中じゃなくて?探偵さん”

『悪いな、その逆だよ。忙しくてかなわんよ』

 受話器の向こうから、俺の状況を見透かしたかの様な笑い声が耳を打った。

”まあ、いいわ。依頼があるの。受けてくれない?”

警官おまわりからの依頼は控えめにしてるんだがね?』

”やせ我慢もほどほどにしておいたら?出すものは出すわよ。それに表沙汰には出来ないのよ。どう?”

 この時、断れば良かった。

 後から考えればつくづくそう思った。

 だが、背に腹は代えられない。

 目の前の事務机デスクの上の銀行預金通帳が、俺に向かって、

(この際だ。お前のプライドなんかどうだっていいだろう)と、囁きかけていた。

『仕方ない。先の用事を済ませたら、また連絡してやる』

 些か高飛車っぽく言ってからメモをし、受話器を置いた。

 帽子を被り直し、ツバの縁を手でそっとなぜる。

 思わず口笛が出た。

 ダブルブッキングはご法度と言う、自分自身に課したモットーなんか、どこかに忘れていた。

 

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