チョコレートの箱

奈那美(=^x^=)猫部

第1話

 「……うん、甘い」

彼女が教室でそうつぶやいた。

その時教室に入りかけていた僕は、そのまま動けなくなってしまった。

なぜって……その声が、とても寂しそうだったから。

 

 そっと中をのぞくと、彼女──安藤あんどう里穂りほさんは、チョコレートの入った箱を持って、窓から外を見ていた。

ぼくがいる場所からは顔は見えない。

 

 ぼくが来る途中、安藤さんと仲良しの新川しんかわ有紀ゆきさんが嬉しそうな顔で走っていくのとすれ違った。

もしもふたりがケンカをしたのだったら、新川さんは怒った顔だったり泣き顔だったりだと思うから、ケンカはしていないはず。

 

 だとしたら、声が寂しそうだった原因はきっと……。

ぼくは意を決して教室の中に入った。

 

 「あれ?安藤さん、まだ残ってたんだ」

「あ……遠藤君。うん、ちょっとね」

「さっき新川さんが嬉しそうに走っていくのを見たんだけれど、今日は一緒には帰らないんだ?」

 

 ぼくがそう言うと、安藤さんの顔から一瞬だけ表情が消えた。

でもすぐにいつもの笑顔で答えてくれた。

「うん……あのね、有紀ってば──言っちゃっていいのかな?うん、いいよね。有紀ってば、加藤君にチョコあげて。それで早速、一緒に帰ることになったんだって」

 

 「……いいの?大丈夫?」

「大丈夫って……なにが?」

安藤さんが真顔になって、ぼくを見返してくる。

大きな目……だけど瞳が泳いでいる。

 

 「その……新川さんと加藤がつきあっても」

「だ、大丈夫だよ?有紀が加藤君を好きで。それでチョコあげてつきあうことになって。有紀の恋心おもいがかなったんだもの。いいことじゃない」

 

 「じゃあ聞くけど、安藤さんの恋心は?叶わなくていいの?」

「私の?」

ぼくはうなずいた。

 

 「私は……いいの。叶わないから」

「うん……わかってる」

「え?」

「……ぼく、気がついていたんだ。安藤さんが新川さんのことを好きでいること」

 

 安藤さんが目を大きく見開いた。

「うそ……」

瞳の中に、ぼくが映っているのが見える。

「ぼく、安藤さんが好きで、ずっと目で追ってたから──だから気がついたんだ」

 

 ぼくの突然の告白に、安藤さんは驚いたような表情を浮かべた。

「……ありがとう。でも、今は……ゴメン」

「ぼくのほうこそ、ゴメン。でも、告れたから、ほっとしてる」

 

 頭をかきながらそう言うぼくに、安藤さんは手にしていたチョコレートの箱のふたを開けて差し出した。

「友チョコ、どうぞ召し上がれ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

チョコレートの箱 奈那美(=^x^=)猫部 @mike7691

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説