5年後のビジョン

愛田 猛

5年後のビジョン kac20243

「お前、5年後のビジョンはあるか?」


二人で飲んでいると、唐突に学生時代からの友人である高井が聞いてきた。有馬は、3杯目のハイボールを飲み干すと、首を横に振る。


「いや、特にないな。お前は何かあるのか?」


高井は、得意そうに答えた。

「発明王に、俺はなる。」


高井はおもむろに、座席の後ろに置いてあった段ボール箱をテーブルに置いた。


箱を開けると、そこには奇妙な形をした機械の部品がごちゃごちゃと詰まっていた。有馬は首を傾げながらも、好奇心を抑えきれずに手を伸ばして部品を覗き込んだ。


高井は得意げに説明を始めた。「これがね、世界初の時間旅行機なんだ。まだ試作品だけどな」


有馬は怪しげな目つきで高井を見返した。「時間旅行機ってホントかよ?冗談じゃないよな?」


高井は真剣な表情で頷いた。「ホントだとも。理論的にはできるはずなんだ。この部品を上手く組み立てられれば、過去や未来に行けるかもしれない」


有馬は半ば冷やかすように笑いながら、「じゃあ、その理論を教えてくれよ。一般相対性理論では、どのテンソルを使って計算しても、時間の遡上はできないことになっているだろう。」と言った。


高井はまっすぐ有馬を見つめ返し、真剣な口調で説明し始めた。


「実はそうじゃないんだ。テンソルの展開の仕方を変えると、時間遡上が可能になるんだ。リーマン面にラグランジュ変換をかけて…。」


二人は大学の物理学科の同級生だ。理論と数式の議論がひとしきり続いた。


「…つまり簡単に言うと、時間は一直線に流れているわけじゃない。過去、現在、未来が共存する4次元の構造を持っている。この4次元空間を歪めることができれば、時間を自在に移動できるはずなんだ」


高井はさらに続けた。「この機械は、強力な電磁力を発生させることで、局所的に時空のゆがみを生み出す。そのゆがみに乗れば、時を超えた移動ができる理論なんだ」


有馬は目を丸くして聞き入っていた。それでも、不安げな表情を隠せずにいた。


「でも、実際にそんなことできるのか?危険じゃないのか?」


高井は自信たっぷりにうなずいた。「危険はあるかもしれない。でも、失敗は成功の元。この機会を逃したくない。5年後、世界で活躍する発明王になっているはずだ」


有馬は溜め息をついた。しかし、友人の熱意に感心していた。そして、心の片隅に、自分にもあるべき未来のビジョンを見つけたいという思いがあった。


そこで高井が言った。

「ちょっと待っていてくれ。今は〇年三月九日の二十時二十分だな。」


そして有馬は店の奥に消えた。 そこには手洗いがある


なかなか高井は帰ってこない。

有馬が心配になり、手洗いに探しに行こうかと思ったときだった。


「有馬、お待たせ。久しぶりだな。」

高井が戻ってきた。


だが、先ほどと服装が違う。スーツがスウェットとセーターとデニムになっている。髪型もラフな感じになっている。よく見ると眼鏡も違うようだ。




「お前にとっては10分だが、俺にとっては5年なんだよ。5年前にさかのぼって、お前に協力を頼みにきた。」


高井は変なことを言う。


「有馬。お前は、俺に協力すると約束してくれた。それから5年たって、機械が完成したんだよ。 だから俺は5年前に戻って、お前に協力を頼みに来たんだ。」


有馬は戸惑った。未来の自分は本当に高井に協力したのだろうか?というか、機械が本当に完成したのだろうか。


「じゃあ、俺がここで協力しなかったら、どうなるんだ?」もっともな疑問である。



「さあな。タイムパラドックスが起こるから、俺かお前、どっちかが世界から消滅するかもしれない。」


高井が物騒なことをいう。だが、タイムパラドックスの解消のためにはありそうな話だ。



有馬の心は決まっていた。

「協力するよ。俺とお前の仲じゃないか。それに、どっちかが消滅するのはいやだしな。」


高井は飛び上がって喜んだ。

「有馬、ありがとう。 これから一緒に、いや、お前と過去の俺とで機械を完成させてくれ! じゃあ、もう一度乾杯だ!」

未来の高井は、とても上機嫌だった。


そして未来の高井はいう。

「俺はそろそろ戻る。そのうち、過去の俺が戻ってくるからな。まあ、お前が先に帰ってもいいぞ。過去の俺には、勘定を支払うように言っとくから。」:



有馬は首を横に振って答ええる。

「いや、過去のお前、というか現在の俺と同じ時間を生きているお前とも乾杯するよ。」


それを聞いた高井は、嬉しそうに微笑んだ。


そして一言「じゃあな!」と言うと踵を返し、手をひらひらさせながら店の奥に消えていった。


有馬は独りごちた。

「お前、俺が協力しないわけないだろう。俺とお前の仲なんだからな…」


















そして付け加える。


「未来のお前、今日のお前と同じ靴だったぞ。どうせ着替えるなら、靴まで変えろよ。詰めが甘いんだからな…まあ、だからこそ俺が協力しないとな…」




もうすぐ、「現在の高井」が戻ってくるだろう。

そうしたらまた乾杯だ。俺と高井の、新たな門出だからな。


有馬は、高井が戻るのを静かに待っていた。


(完)





===

お読みいただき、ありがとうございました。

創作ノートを読んでくださったかたはご存じですが、最初の言葉は実話です。

それを思い出しながら、こんな小説ができました。



ちなみに、二人のフルネームは

「高井 望」

「有馬 仙太郎」

と言います。

いつか、どこかで出てくるかもしれません。



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特に短編の場合、大体が一期一会です。


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…もちろん私が最初に幸せになるんですけどね(笑)。



愛田 猛 拝


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