紫とはナニカ。

※ここからは三人称。文体も変わるので横スクロールで読むことをオススメします。


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「魔法少女が、二度、姿ヲ変えるナドト……!」

 女王鉢の目前。紫煙が晴れたその中に、侍のような出で立ちの少女が立っている。雰囲気が違う。その姿があの場にあるだけで、世界そのものが切り替えられたようだった。か弱き少女と侮っていた怪異の額に汗の粒がタラリ。感じられる魔力量も桁違いであることは、空気を吸うだけでも理解できたのだ。

「ドウイウ原理だ」

 侍の尋常でない魔力を感じている。だが魔法少女の時とは違い、常に溢れているものではない。小さな躯体に内包しようと、漏れ出ているに近い。

「キキマショウ。あなた、何者です? いや、ピンク。ナニをしたのデス?」

 少女剣士は、その凛々しき眼を鏡でも映すかのように向けた。

「俺は、何も変わっていないさ。ただようやくお前を斬る準備ができた。それだけのことだ」

 小さな肩に巨大な刀を乗せる。その紫の鞘には鎖がとぐろを巻いており、半ばの力では引き抜くことも難しそうだった。そもそもあの少女の細い腕で構えることができるものか。

——何を恐レルことがある? どうせワタシの方が速い。

 蜂の剣士は剣を据えた。先ほどは失敗したが、次は逃さぬ。あの刀が引き抜かれるその前に脳天を打つ。それで、全ては事足りるのデス。

すずめ、閃光罰せんこうばち

 刹那、動く。

 否、消える。

 気づけば針は、対象の額まで数センチのところで止まっていた。

 ——そう、止まっていたのだ。

 蜂ははっとした。ナゼ、自分の身体が静止しているのだ、と。

 答えは明白。

「……なんだよ。随分と遅くなったじゃねえか」

 少女が、片手で刃を掴み取っていたからだ。

「マサカ、見えたのデスカ!?」

「おう、隅から隅まで丸見えだってのっ!」

 大口を開く少女は、そのまま片腕で女王蜂を振り回し、地上へと投げつけたのだった。急速に落下していく事実に堪えられない蜂は羽根を響かせてなんとか浮遊する。しかしその間に剣士が追いつく。彼女は担いでいた太刀を握りしめ、抜刀もしないまま、落下と遠心力に任せて殴りつけたのだ。

「ギイィィイイイイイイ!!??」

 奇怪な破裂音と甲高い悲鳴を上げて、女王蜂は廃工場の壁を突き破り、錆びた機械に身体を刺されながら墜落した。

 まさしく豪烈の一振りだった。勢いと重さに全てを委ねた刀の攻撃は、刃というより鈍器。押しつぶされるような感覚と装甲が破壊された事実が同時に襲い掛かったのだった。

 灰の大地でのたうち回る怪異——羽根は痙攣しており、再び飛行するにも時間を有するだろう。

 そして蜂が開けた穴から、月の眩きを背に受けた剣士が入り込む。

「よお、蜂」

 それだけ告げて地上に降り立つ。重力も感じさせないほど軽快に、猫の如く精確に着地してみせた。

「気分はどうだよ、ええ?」

 蜂は喋れない。背を打ち、内臓も破裂している。まともに息もできない。

「キィキィ鳴きやがって……いや泣いてんのか。そりゃ悪かったな。生憎と俺も初めてでさ、上手く加減ができないんだよ」

 笑う。

 煽るような嗤う。

 剣士の目に見降ろされていると事実に悔やむと同時に、蜂はそのような自分を浅ましいと蔑んだ。

 あの女は、なんとしてでも殺さねばナラヌ。

 ひび割れた剣を杖に立ち上がる女王の姿を、剣士は目を変えて睨みつけた。

「まだ余裕はあるってか」

「馬鹿にシテ……!」

「そうかよ」

 少女は大振り刀を降ろし、砂埃を巻き起こす。片手で軽々と扱うその躯体を見て蜂は認識を改める。

「本気で、参りますヨ」

「おう」

 短い返答。それには光速の剣戟で応えるのみ。

 蜂は踏み込むと針の閃光を連続して繰り出した。対する剣士は後ずさりながらも全て読み切り胴体を揺らしていく。

 ——やはり、向こうの刀は重い。

 空中での戦闘では重力を感じさせる動きを見せたが、地上となると話も変わるらしい。刀の重さが枷となり、向こうは自由な動きもできなくなる。見えていたとしても身体がついてこれないのなら意味がない。

 好機。

「……そこ!」

 連撃の途中、僅かにできた隙をつく。針の穴を通すかの如く精密な一撃を、女王は見事に繰り出せたのだ。そこに見えるは左の胸。肉の芯が眠るその箇所に、今度こそ穴を開ける——!

「——と、考えてるのはわかっている」「ッ!?」

 違う。

 心臓を突かれたのは、むしろ蜂の方だった。

「ナニ、が」

 見る。

 剣士は……手から刀を離していた。

 思考を回す。この細い身体の持ち主は、まさか。

「————はっ」

 かかった、と含み笑いをするこの剣士は、剣を捨てたのだ。

 つまり彼女は、わざと自分の心臓が狙われるように誘い込み、いざ飛び込んできた一閃を躱しつつ、拳で突き返したのだ。それもただの握り拳ではない。

「小癪ナ真似を……!」

「喧嘩は得意か? 女王サマ」

 人差し指の第二関節を突き出し、強力な一点の攻撃を放ってきたのだ。彼女は笑いながら右手を何度も降り続けている。

 息が止まりかける。肺がまともに働かない。心臓の鼓動がやけに大きく聞こえた。

「今度はこっちのターンだからよく見とけ。見えなくなるからよ」

 少女は言い放つと大きく息を吸い始めた。

 轟音。周囲の大気が、地ならしのごとく揺らぐ。

 蜂は攻撃しようにも、何度も意識を失いかけ視界がおぼつかなくなっていた。そして、邪魔もできずに次の一手が打たれる。

『——幻術 幽来煙寂ゆうらいえんせき

 霧が吐かれた。

 薄い紫の雲が、辺り一面を埋め尽くした。

 剣士の言う通り、何も見えなくなったのだ。

「小癪な技ばかり使う……! 魔法少女がこのような卑劣を行うナド、落ちたものデスネ!」

 返答はない。煙る音しか聞こえない。

「どこデス!? 仮にもサムライなら、姿を現しなさい!」

「——言う通りだ。だが、俺の授かった色は紫。その意味がわかるか」

「何……?」

「昔から紫は、『邪』を示す色だ。毒だったり、悪夢だったりな。俺が手に入れたのは、お前の言う通り卑怯の力。誰もを惑わし、陥れ、暗いうちに殺す。それが紫——幻を支配する力、『幻月』だ。例え淡い色であっても、その性質に変わりはない」

 喧嘩腰だったはずの声色が、反転する。

 違う、別の誰かが、あの身体を操っている。

 一体、どこのダレが。

「——わりぃな。この格好になると、どうも性格が安定しない。まるで俺自身が霧に迷ってるようで……鬱陶しい」

 気づけば背後。

 振り向くも直後に、蜂は脳天を襲われたのだった。

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