ずらかるぞ/ツバサ

@tsubasariri

ずらかるぞ

「集金でぇーす」


 如何にもといった風貌のヤクザがチャイムを鳴らして言った。


『何の集金ですか』


 驚いたことにインターフォンから真面目そうな若い男の声が返った。どう見てもまともに社会を生きていない人間なのだから、居留守でも使えばいいのに。


「町会費だよ」

『あ、はい。わかりました』


 しばらくして家から男が出てきた。予想通り青年である。

 ただ、はきはきとした声とは裏腹に、少し縒れたシャツを着て髪は伸び散らかっている。それでも不潔な感じがしないのは、指通りの良さそうなさらさらとした直毛だからだろう。


「遅かったな」


 ヤクザも気になったのか一瞬頭に目を取られていた。


「あ、すいません。財布が見つからなくて。いくらですか」

「……千五百円だ」


 やはり声とのギャップがひどい。青年がもたもたと財布からお金を取り出そうとしている。千五百円くらいすぐ出せるだろうに。


 そこへまた別の男が走ってきた。ヤクザの手下のようだ。


「アニキ!やべーっすよ、サツです」


 アニキと呼ばれたヤクザは舌打ちをして、突然の出来事に青年の手が止まっていることを確認した。


「金は今度でいい。ちゃんと用意しとけ。ずらかるぞ!」


 近くに散らばっている手下たちに指示を出しながら踵を返した。否、返そうとした。


「え、やめて」


 何を血迷ったか青年はヤクザを引き留めた。放っておけばよいものを。


「あ?」


 青年は頭に手を当てて悲壮な顔をしている。


「かつら、獲らないで」


 敢えてもう一度言うが、この青年ふっさぁである。


「……お前、それヅラなの?」


 ヤクザの兄さん、突っ込む所はそこじゃない。

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