アイドル・パンク

藤二井秋明

アイドル・パンク

 盗んできたPC、盗んできたモニタ、それらを盗んだ電気で動かして、俺は仮想アイドルを創っている。

 Momoe2122。それが俺の生み出したアイドルの名前。


 このアイドルは俺のムスメだ。

 それはただ感情的に言っている訳でなく、古くは息子や娘が親と共にあるいは親の代わりに働いて、家計を助けていた事実に照らしても正しい。東京トウキョウの中心街でこのMomoe2122が今日も歌っている。今日も踊っている。出す曲出す曲ヒット作ばかりで、莫大な収益が電脳上の存在に過ぎない彼女によって生み出されている。残念ながらその収益の行きつく先が電脳貧困街サイバー・スラムのこの俺の口座であることは誰も知らないが。



 数週間前、俺の部屋を一人の幼女が訪ねてきた。

 ヒナタ。カワシマ・ヒナタだ。

 そう、電脳貧困街の鉄の掟――子供をつくってはならない――を破って住民の袋叩きに遭い、二人そろって投石に命を落としたあのカワシマ夫婦の娘だ。

 

 最初はもちろん追い出そうとした。しかし何度叩き出しても俺の部屋にばかり忍び込んでくるこの娘に追い払う気力も無くなり、更にはヒナタの扱いに困った周辺住人の“お前が部屋に閉じ込めておけ”という無言の圧力も生じ始めて、ついにこの部屋にいついてしまった。俺もこのスラムの人々と付き合っていかなければならない身だから、こうなってしまえばどうしようもないのだ。


 

 あるとき俺は外出先から遅くに帰ってきた。

 作業部屋に入ると、ヒナタが無断で俺のPCをいじくりまわしていた。


「おい! やめろ!」


「アイドル! モモエちゃん!」


「やめろってば!」


 泣き出したヒナタをよそ目に俺はPCのデータを確認した。幸いにも致命的なミスは生じていなかった。致命的なミスを選んで起こすにはまだヒナタは幼過ぎるのだ。


 その日を境にヒナタは何度も俺のPCを弄った。

 ヒナタをぶつと、大声で泣き出した。

 泣き止まない日々にあるとき隣人が怒鳴り込んできた。うるさい、とそう言うのだ。

 俺はヒナタを押し付けたくせに理不尽にキレてくる隣人に逆切れし、デスクワーク続きで鈍った鉄拳をお見舞いした。当然喧嘩になり、続々と人が集まってきて、やがて乱闘になった。乱闘が収まってみると、数名の住人が動かなくなっていて、ただ俺の膝に縋りついて泣いているヒナタの嗚咽だけが残っていた。


「大丈夫。お前は心配しなくていいよ」


 自分でも無意識の内に、ヒナタを慈しむような言葉が口をついていた。



 俺はMomoe2122の収入でスラムを出て、中心街にアパートを借りた。戸籍も買った。二人分だ。

 今ではヒナタは毎日俺のPCの前で独学の歌とダンスを練習し、将来アイドルになると息巻いている。

 スラム時代は電脳上のアイドルしか生み出せなかった。しかし今なら、本物の、生身のアイドルを生み出せるかもしれない。

 消えたと思ったロウソクの火が再び小さく燃えるように、俺の心の中の希望が小さく光りはじめた。


「お父さん、今の動きどう?」


「まだだな。まずは笑顔だよヒナタ。もっと楽しそうに、もっとみんなを愛して。さあもう一度」

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アイドル・パンク 藤二井秋明 @FujiiSyumei

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