【KAC20243】箱を運ぼう ~闇バイト体験記~

鈴木空論

第1話

「では、この箱をお願いします」


 そう言って俺に箱を渡してきたのは随分若くて大人しそうな奴だった。

 多分、俺と同じ大学生じゃないだろうか。

 俺は箱を受け取りながら尋ねた。


「あなたが俺の雇い主なんですか?」


「え? い、いえ、いや、あの、違います。……というかむしろ僕はてっきりあなたが僕を雇ったのかと思ったんですが……違うんですか?」


「………」


 まさかとは思ったが――やっぱりこれ、ヤバい仕事なんじゃね?


 逮捕。

 そんな単語が脳裏をよぎり、俺は背筋が寒くなるのを感じた。



 ※ ※ ※



 無駄遣いをしたつもりはなかったのに、気が付いたら財布の中身がお寒いことになっていた。

 だから何か楽な単発バイトでもないかな、と求人サイトを探したのが三日前のこと。


 その時に見つけたのが、『簡単な荷物運び』とかいうアルバイトの求人だった。


 求人ページには仕事内容について詳しくは書かれていなかったが、拘束時間は半日程度、支払いは日給三万円。初心者でもできる軽作業、とのこと。


 俺はそれを見て、てっきり倉庫作業のバイトなのだと思った。

 前に短期で入ったことがあったが、倉庫の仕事という奴は業種や季節によって作業量にかなりの波がある。瞬間的に超絶人手不足になることだって珍しくない。


 半日で三万というのはかなり破格だとは思ったが、最近は円安とか何とかでかなり儲かっているところもあると聞いていたから、そういった業者が金に糸目を付けずに募集しているんだろう。そう考えたのだ。


 実のところを言えばこの時点で怪しいと感じなくもなかったが、そうはいっても半日で三万。普通に考えたらすぐに定員は埋まってしまうだろう。

 そんな焦りのようなものもあったため、そこまで深く考えなかったのだ。



 ところがその求人にエントリーしてみると、指定されたのは倉庫などではなく、とある町のショッピングモールの中だった。


 そして、具体的な仕事内容に関するメールは俺がショッピングモールに着いてから、待ち合わせの時間ギリギリになってから届いた。


 その内容は、声をかけてきた人間から箱を受け取り、それを別の人間に渡すこと。

 受け渡しの際には依頼メールの画面をスマホに表示してお互いに確認し、受け渡し間違いが起こらないようにすること。


 そして、絶対に箱の中身は確認しないこと。


 その文面を見て俺は嫌な予感がした。

 どう考えてもまともな内容ではない。

 ひょっとして、何かヤバい物の運び屋をやらされるんじゃないか?


 万が一のリスクを考えるならこんな仕事すぐにでも放棄してバックレるべきだっただろう。

 だが、問題の箱は既に俺の元に届いてしまっていた。

 箱を渡しに来た大人しそうな奴も俺の問い掛けで自分のしていることの怪しさに気付いたらしく、俺に箱を押し付けると逃げるように走り去ってしまったのだ。


 この仕事にエントリーした時に、俺の名前や連絡先を依頼主の業者に伝えてしまっている。

 この状況で逃げ出したらそれこそどうなるかわからない。


 やるしかない。


 その時の状況から俺に出来ることと言えば、何も起きないことを願いながらこの仕事をさっさと終わらせることだけだった。



 ※ ※ ※



 その後のことをダラダラ書いても仕方ないので結論から書くと、その時の荷物運びはこれといったトラブルも起こらずあっさり終わった。


 追加で届いたメールで指定された場所へ移動し、そこで待機していた奴――そいつもやはり俺と同じく学生っぽかった――に箱を渡して終了。

 後日、バイト代も約束通りの額が俺の口座に振り込まれていた。


 あの箱には何が入っていたのか、あの箱があの後どうなったのかはわからない。

 少なくとも俺のところへ警察が来たりはしていないし、あれから毎日ニュースを確認しているが受け渡しのあったショッピングモールでヤバい取引が摘発されたといったニュースもないようだった。


 ただ単に運よく摘発されなかったのか、それとも俺が勝手に邪推しただけで実は違法でも何でもないことだったのか。

 今となっては確かめようもないし、知ろうとも思わない。


 ただ、求人サイトを検索するとあのバイトを依頼してきた業者のアカウントは未だに存在していた。

 そして、定期的に同じような内容のアルバイトを募集しているようだ。

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