都市フレームの心音

登美川ステファニイ

都市フレームの心音

 その都市の構成は、個人の嗜好や性格を反映したものとなる。

 それはほとんど無意識のもので、箱庭療法にも似ていた。どれほど無個性に、秩序立てて作っても、最終的には癖のようなものが出てしまい、都市の発展の方向性まで決まってしまうのだ。

 都市フレームを積む。静かに。音もなく。四十キロの辺だけの立方体。それが都市を構成する。

「構成は順調かね」

「はい、指導員」

 首のない指導員が恒星間を巡回する。彼らは知性を本星においてきた。必要なのは感覚だけだから。

「人口はどのくらいにする予定かね」

「四〇〇万です。四〇世紀ほどかけて二億にまで増やそうかと」

「生産型か。戦争の頻度調整に気を付けて」

「分かっています。タウ銀河のようなことにはならないよう気を配っています」

「うむ」

 タウ銀河は二〇万年程前に問題を起こした銀河だった。戦争パラメータの調整を誤って、殺戮衝動の高い文明を生み出してしまった。それだけならまだよかったが、彼らは同時に高い水準の科学技術も持っていて、それで別の恒星系へと旅立ってしまったのだ。

 被害を受けた開発惑星は一〇〇を超える。ちょっとした宇宙侵略者だ。それも四万年ほどで自滅してしまったので助かったが、順調に発展を続けていたら今頃僕のいる銀河でも呑気に開発はしていられなかっただろう。そして、逆に僕自身がそのような危険な種族の生みの親にならないとも限らない。

 都市を構成する。フレームを積む。いつ終わるとも知れない遠大な建築。しかし、その終わりは訪れる。準超強度固体物質が十分に強度を発揮し、フレーム同士が重力で接合するころ、大地基盤を流し込んで土地を作っていく。溶岩の脈や、金属の鉱脈。水や、硫黄、リン。必要な物はたくさんある。それを初期文明人が発掘して活用できるように、しかし急激な発展は起こらないように、技術の進化を心に留めながら、緻密に配置していく。それらはやがて地殻となり、地表となる。そして大陸と呼ばれるまでに大きくなり、星の表面を覆っていく。

 僕は構成した。星を。僕の心を殺し、秩序と効率化を求めて。繁栄を願い、豊穣を祈った。星々の果てで、こここそが宇宙の中心であると信ずるように。

 やがて文明は起きた。僕の予想通りに。予想通りの速度で。

 川と共に生き、山を掘り始めた。木を切り、獣を殺し、そして互いに殺し始めた。そして数を増やしながら発展していく。

 二〇世紀……予定の半分ほどで、人口は四〇〇〇万だった。概ね予定通りだ。

 だが思わぬ異変が起こる。人々が死に始めたのだ。殺し合ったのではない。一人で、勝手に、誰とも手を取り合わずに、死んだのだ。

 僕は都市を再構成した。美しい自然を。豊かな風を。空にはオーロラを。畏敬の念と神秘を世界に宿らせた。人はそれを目にし、そして己の卑小さを嘆く。再び胸に宿るのは克己の炎。そのはずだった。

 しかし、そうはならなかった。ならなかったんだよ。僕は途方に暮れた。

「余り具合が良く無いようだ」

「指導員……」

 何世紀かぶりの再開だった。指導員は相変わらず無い頭を気にするように、太陽風を手で避けていた。

「失敗ではありません。まだ……挽回できます」

「そうではない」

 鷹揚な声で指導員が言う。

「具合が悪いとは、君のことだ。君は孤独を愛しすぎたようだ」

 そう言われ、僕は突然に自分の不調を感じた。血を吐き、それは大陸を侵した。数百万の人々が死んだことだろう。しかし、放っておいても死んだ命だったろう。

「僕は死ぬのですか」

 大量のガンマ線が僕の体を貫いていた。最早、再生不可能なほどに。

「交接をしていれば複製を作れたのに。それももう遅い」

「はい」

 僕は誰とも会わなかった。都市を開発してから。いや、ずっと前から。途方もない以前から、僕はずっと一人で、ただ太陽の風を受け続けていた。体を隠せるだけの片割れも持たず、交接もせずに。

「ごらん、君がいるよ」

 指導員の言葉に僕は目を凝らす。一人の人間が丘に立っていた。風雨にも構わず、立ち向かうように立っていた。雄々しく、しかし彼は一人だった。その後ろに彼の人生があった。何を、いつ捨てたのか、それが分かる。彼は何物をも手に入れなかった。愛も、祈りも、希望をも。一切を捨て、しかし希求しながら、彼は理想の土地を探していた。自分が捨て去った場所にこそ、その可能性があったというのに。

「ああ、そうか……」

 僕はもう一度血を吐いた。今度は惑星にかからないように。

「これは僕だったんだ。僕の物語だったんだ」

 都市は積みあがる。積み上げたのは僕だ。どれほど心を殺しても、積み上げたその手に僕の震えが残る。波紋は伝わり、反復し、響く。僕の心臓の音がそこにあった。

 彼らは僕なのだ。僕の心の中で生きていたのだ。だから僕は孤独で、彼らも孤独だったのだ。手を取り合う術を知らず、ただ一人で生きて行こうとした。

「指導員……やり直せますか」

「無理だろうね。君はもう終わりだ」

 指導員が次元シュレッダーを手に取る。僕の体は細分化され、資源になる。手を伸ばした。最後に、君の温もりを知りたくて……。

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