美少女魔王と人類最後の僕の日常3

もるすべ

第3話 箱

「箱…… の鍵?」

 手渡された小さな鍵。この世界のどこかにある、大切な箱の鍵だという。

 手渡してきたのは、小っちゃな美少女。月白色に輝くサラサラ長い髪を飾る羊の角、健康的な褐色肌、緑色の瞳と桜色の唇から覗く八重歯も可愛らしい。僕を救うためとか言って世界を滅ぼし尽くした、魔王を名乗るイヴリス。


「そうじゃ、持っておくがよい。なくすなよ」

「どうして僕に?」

 潮風も心地よい海辺で釣り糸を垂らす僕と、たき火で魚を焼く魔王。

 僕は、鍵の輪っかに通されてる細い鎖を首にかけてみた。大切な箱って何だろう? それを開けるための鍵だったら、これだって大切なはずだよね。何の取り柄もない、ただの高校生の僕なんかに預ける理由が判らない。


「開けるときがくれば解る。ああ、見つけてもワシが言うまで開けてはならんぞ」

「その箱、何が入ってるの? 危ないモノ?」

 首にかけた鍵が、ちょっぴり恐くなる。

 人類が滅亡した後に残された、謎の箱? なんかのお話で読んだことある、パンドラの箱的なのかな? それとも、日本だから浦島太郎の玉手箱的なのとか?


「心配はいらぬ、良いものじゃ。きっと、お兄ちゃんにとってはね」

「何だろう? ちょっと見てみたい」

 僕にとって良いものって何だろ、気になるけど……

 とりあえず今は、安心して住める家が欲しいね。食料や水が手に入りやすくて、贅沢言えば暑すぎたり寒すぎたりしないとこ。廃墟で野宿は、いいかげんつらいよ。


「箱は開けたら壊れてしまうからの。覗き見もダメじゃ、お兄ちゃんのエッチぃ~」

「え? ええ…… エッチって…… なんで?」

 彼女の魔王モードと美少女モードの切り替えにも、近ごろは慣れてきた。

 まあ、それはさておき腹が減っては何とやら、さっきからお腹がグウグウ鳴りそうなんだけど。もうとっくにお昼すぎだよ、朝から一匹しか釣れてないじゃん、魚~




「もう…… 魚いる気がしない」

「ワシが滅ぼしたからのう、さもありなんじゃ」

「え…… 人類だけじゃなくて、魚もなの?」

「あたりまえじゃ、世界滅亡ぞ。もっとも小さきモノほど取りこぼしも多いがな、それでも全種、数で言えば半数ほどは掬っておろう」

 マジか? 徹底してるっていうか…… 魔王ハンパないじゃん。

 確かに、世界滅亡後に鳥とか動物をあまり見かけないし、魚も減ってるならそりゃ釣れないよね。廃墟の食料もいつかはダメになるだろうし、自給自足に思わぬハードルが……


「それで…… 人類、ほんとに一人も残ってないの? 僕以外」

「そうじゃ、魔王を侮るでない」

 侮りはしないけど、いちおう滅ぼされた側として希望は捨てがたいよ。

 少なくとも魚は一匹いたし。他の動物もぜんぜんゼロじゃない、人間だってきっと。それにあれ何て言ったかな…… そう箱船計画だ。どっかに地下都市つくって各国から選抜で何千人避難させるとか、宇宙ステーションに何十人とかニュースでやってた。


「でもどうして、そこまで? 僕ひとり救うにしては、やりすぎじゃない」

「……だって、お兄ちゃんを誰にも取られたくなかったんだもの」

 答えているようで、答えになってないような…… 誤魔化された?

 でもたしか箱船計画って、魔王が暴れるずっと前から動いてたはず。よく覚えてないけど、一年以上は前だった気がする。まさか予言とかで国が動いてたの?


「だいたいが甘すぎるのじゃ。地下やら宇宙に逃れたとて、魔王の災厄から逃れ得るわけがなかろうに。まったくもって、見ておれぬ」

「えっ 見てって? ……ちょっと! 焦げてない?」

 あきらかに焦げた臭いに振り向くと、たき火で魚が真っ黒だった。

 慌てて釣り竿おいて、串に刺してた魚を火から遠ざけたけど、もう手遅れでとても食べられない。「見ててって頼んだよね」って言うと、彼女は「だから見ておったじゃろ」と言う。


「……料理したことないの?」

「ワシがか? するわけなかろう」

 そもそも、魔王は魚焼いたりしないってことか。

 なるほど、これは僕の説明不足だね。貴重な食料ムダにしちゃったけど仕方ない、気を取り直してお昼ごはんにしよう。釣り道具が載ってた車でカップラーメン見つけてたから、魔王も喜んでくれるだろう。


「しかし釣りか…… 食料は十分だろうに、わざわざ時間をかける意味が分からん」

「そうなんだけど、君に食べさせてみたかったんだよ」

 あと、将来のためのお試しってのもあるね。 

 しかし食料は十分って、確かに今はいいけど将来の心配とか…… そりゃまあ、人間の僕と魔王とじゃ認識の違いはあるだろうけど。そもそも、僕一人のために世界滅ぼすって感覚からして意味不明だよ。解り合えそうな気がしない。 


「ワシのためにか…… うれしい! お兄ちゃんありがとう、ぱくっ」

「わっ せめて焦げてるとこ取って!」

 満面の笑顔は可愛いけど、真っ黒焦げの魚を頭から囓りだすし。

 慌てて魚取り上げて炭化した外側を毟ってみると、中のほうは食べれなくもない。食べれる身を毟って手渡そうとすると「あ~ん」って、大きく口を開ける美少女。ヤバいくらい可愛いのは認めざるを得ない。


「あ~ん はっ ふぅ うまいのじゃ!」

「…………よかった」

 手づかみから、美少女への「あ~ん」は破壊力抜群だった。

 指まで舐められちゃうし、こんなの高校生の僕に抵抗できると思う? そんな気もないような無邪気な笑顔してさ。だけど、こうしているうちに少しは理解できるようになるかもしれないね、これからずっと二人ぼっちなんだしさ。


「箱、一緒に探そうか? 大切なんでしょ」

「……ありがたい申し出だが、長い旅になるぞ」

 それは別にかまわない。時間はあるし、箱に興味もある。

 魚も食べさせ終えてカップラーメンのお湯を沸かしながら、箱の大きさとか何処ら辺にありそうかとか聞いてみるが、いまいち要領を得ない。見れば解るって言われてもねぇ……


「お兄ちゃんは、ワシだけを見ておればよいのじゃ」

「えっと…… うん、一緒に探そ」

 言ってることは、なんかヤンデレっぽいけど、本心はどうなんだろう?

 僕も好きになっちゃっていいのかな? イヴリスのこと。二人ぼっちだからとか、人類滅亡回避とか、ただ単にエッチしたいとか理由にしたくない。僕は、ちゃんと真剣に君と向き合いたいんだ。だから、君の本心を教えてほしい……




(嘘ついてごめんね。本当は探さなくても、箱はちゃんとお兄ちゃんの前にいるの)

 言ったらきっと気を使わせちゃうし、そんなんで気をひきたくない。

 ありのままの私で、ありのままのお兄ちゃんと普通の恋がしたいの。だから今は言えないんだよ、我が儘でごめんね。信じてくれなくてもいい、それでもきっと私がお兄ちゃんを幸せにしてあげる。大好きな大好きな、ノアお兄ちゃん。




「三分っと、さあ食べようカップラーメン」

「やたっ! ワシの好きな醤油味じゃ」

 美少女魔王イヴリスと一緒に、僕はカップラーメンを啜る。

 明日がどうなるかなんて分からない、まして未来なんてぜんぜんだ。滅亡して廃墟ばかりのこの世界で、僕ひとりだったらとっくに死んでるだろう。僕が生きる理由はもう君しかいないんだ、だから少しずつでいい、君のことを知っていこうと思う。

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