掏摸の目論見

三鹿ショート

掏摸の目論見

 今日もまた、ごった返している時間帯の駅前に向かう。

 そして、他者の財布を掠め取り、中身だけを衣嚢に仕舞うと、財布は路地裏に投げ捨てるのだ。

 だが、その日に奪った財布は、常とは異なっていた。

 紙幣の他に、家族の写真などが入っていることもあるのだが、その財布に入っていた写真は、見る人間を笑顔にさせるものではなかった。

 写っていたのは、手足を拘束されて涙を流している男性と、その隣で刃物を手にしながら笑みを浮かべている女性の姿だった。

 どのような状況なのかと思いながら他の写真を見ていくと、その内容は、段々と過激なものと化していった。

 切断した男性の両腕を使って握手させている様子や、切り開かれた腹部から顔を出した腸を彼女が自分の首に巻いて笑みを浮かべている姿など、生きているうちに目にすることはないと思っていた光景ばかりが写っていたのである。

 やがて、男性だったものと彼女が並んでいる写真を目にしたところで、私はその場で嘔吐した。

 私の行為は褒められるようなものではないが、それでも、生命までをも奪ったことは一度も無い。

 それを考えれば、私と彼女のどちらが邪悪なのか、明白である。

 この写真を手に、然るべき機関へと向かうべきなのだろうが、この写真を入手した経緯を話す必要があるのではないかということに気が付くと、私の足は止まった。

 彼女のような人間を野放しにしておくことは危険だが、自分が捕まることは避けたかったのだ。

 それならば、私はどのように行動すれば良いのか。

 このまま写真の存在を無かったことにして、己の日常に戻るべきなのか。

 しかし、私はあることを考えた。

 この写真を材料にすれば、彼女は私に従うのではないだろうか。

 誕生してから異性と縁が無かった私にとって、事情はどのようなものであったとしても、女性と関係を持つことができるということは、喜ばしいことなのである。

 それならば、私がどのような行動に及ぶべきなのかは、深く考えずとも決まっていた。

 私は財布の中に入っていた身分証明書から住んでいる場所を知ると、彼女の自宅へと向かうことにしたのである。

 少し離れた場所から彼女が家の内部に入るまで待った後、私は呼び鈴を鳴らした。

 拾った財布の中身について話がしたいと告げると、彼女は写真のことだと察したのか、硬い表情を浮かべた状態で、扉を開けた。

 私は彼女の財布を片手に、

「きみが私の言う通りにすれば、写真の件を口外することはないと約束しよう」

 その言葉から、自分が何をされるのかを悟ったのだろう、彼女は小さく頷くと、私を家の内部に入れた。

 その日、私は初めて、女性の味というものを知った。


***


 快楽によって私が阿呆のような表情を晒す一方で、彼女は常に唇を噛みながら、私が腰を動かすことを止めるまで、耐える様子を見せていた。

 彼女のその態度について、不満など抱いていない。

 自分が愉しむことができれば、それで良かったからだ。


***


 目覚めたとき、私は見知らぬ場所で、椅子に縛り付けられていた。

 天井の近くに、地面らしきものを見ることができる窓が存在していたことから、どうやら此処は地下室らしい。

 だが、何故この場所で拘束されているのかが、私には分からなかった。

 大声で助けを求めたが、私の言葉に反応する人間が現われることはない。

 その代わりとして、扉の向こうから、とある男女が姿を現した。

 女性は彼女であり、その表情は暗いものである。

 それに対して、隣に立っている男性は、怒りを露わにしたような様子だった。

 男性は早足で近付いてくると、私の顎を掴み、耳元に顔を近づけながら、

「事情は、彼女から聞いている。よくも私の恋人を弄んでくれたな」

 その言葉で、私は血の気が引いていくことを感じた。

 しかし、此処で諦めるような人間ではない。

「きみは、彼女が残虐な行為を愉しんでいるということを、知っているのか。財布の中の写真を見れば、分かることである。彼女は危険な人間なのだ。一秒でも早く、別れた方が良い」

 私の言葉に対して、彼女の恋人は私から少しばかり離れると、短く息を吐いた。

「そのようなことは、知っている。何故なら、写真を撮影していたのは、私だからな」

 その発言を耳にすると、私は彼女が財布に入れていた写真を思い出した。

 言われてみれば、彼女の写真の状況から、彼女が自分で自分のことを撮影しているわけではないということは、分かるではないか。

 彼女の両手が塞がっているにも関わらず、どのようにして、男性を解体しているところを撮影することができるわけがないのである。

 そうなれば、そのような状況を撮影することができる彼女の恋人もまた、彼女のような趣味を持っているということになるのではないだろうか。

 身を震わせ始めた私の肩に、彼女の恋人は手を置くと、

「誰を敵に回したのか、きみはこれから後悔することになるだろう」

 彼女の恋人が浮かべていた笑みは、写真の彼女のものとよく似ていた。

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掏摸の目論見 三鹿ショート @mijikashort

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