第37話 任務

◇シアナside◇

「────おかえりなさいませ、ご主人様」

「うん、ただいまシアナ」


 ロッドエル伯爵家に到着したシアナは、王族交流会から帰ってきたルクスのことを出迎えた。

 そして、二人でルクスの部屋にやってくると、シアナはルクスに聞く。


「ご主人様、王族交流会はいかがでしたか?」

「楽しかったよ、フェリシアーナ様が優しい人だってことが今日さらにわかったよ……僕のことを素晴らしい領主になるって言ってくれたんだ」

「それは良かったですね」


 シアナは、自分がルクスにその言葉を言ったことを思い出しながら思う……シアナがルクスに本当に伝えたい言葉は、素晴らしい領主になる────ということではなく、素晴らしい王になるということだ、と。

 だが、今のルクスにそれを伝えても突拍子も無いことだと判断されるため、シアナはそれをルクスに伝えることはしなかった。

 シアナは、いつかこの言葉をルクスに伝えられる日が来ることを静かに願う。


「あとは、フェリシアーナ様が僕のことを王城に誘ってくださったんだ」


 心の中でそんなことを考えていたシアナは、ルクスが話し始めたことによってすぐにルクスの話の方に意識を集中させる。


「そうなのですね……それを聞いて、ご主人様はどう思われたんですか?」

「最初は驚いたけど、今はフェリシアーナ様が僕のことを誘ってくれたんだから、王城に行くってことに萎縮するんじゃなくて、できるだけ楽しみにしようって思ってるんだ」

「そうですね、私もそれが良いと思います!」


 シアナは、そのルクスの言葉を聞いて安心する。

 ルクスが楽しみにしてくれているのであれば、あとは自分がルクスと楽しい時間を過ごせるようにすれば良いだけ。

 シアナは、その時のことを考えると今から少し口角が上がってしまうほどに嬉しかった。

 その後も、二人は軽く話を続けると、ルクスが言った。


「そうだ……シアナ、まだ先になると思うけど、どこかの休日に良かったら僕と二人で街に出かけない?」


 そのルクスの言葉に、シアナは一瞬困惑したが、すぐにルクスのその提案の理由を予測して答える。


「街……ということは、何か買い出しに出るのでしょうか?」


 そう言ったシアナに対して、ルクスは首を横に振って答える。


「ううん、仕事とか関係無しで、たまには二人でのんびり街に出かけて羽を伸ばすのも良いかなって思って」


 ────それを聞いたシアナは、思考が固まっていた。

 今まで、ルクスと一緒に買い出しに出たり、ルクスの用事への付き添いでどこかへ出かけることはあった……が、ただ二人でのんびりすることを目的に街へ出かけるということは今までに無かった。

 そのためシアナは思考が固まっていた────が、すぐにその思考を動かす。

 ────こ、これは、噂に聞くデートというやつかしら!?そ、そうよね!?ルクスくんにそういった意図がなかったとしても、仕事を関係無しに出かけるということは、メイドとしての私ではなくあくまでもシアナとしての私と二人で出かけるということ!男女で休日に街に出かけること、これをデートって言うのよね!?


「もちろん、無理強いはしないけど……どうかな?」


 ────ルクスくんと、デート!お、お洋服はどうしようかしら!?ド、ドレス!?い、いえ!あくまでもシアナとしてデートするのだからドレスなんて着ていたら不自然よね……ルクスくんは、私がどんなお洋服を着たら喜んでくれるのかしら!

 色々と先のことを考えていたシアナだったが、ルクスから確認を取られていることを思い出し、ルクスに返事をする。


「はい!私もご主人様と二人でお出かけさせていただきたいです!」

「本当?良かった、今から楽しみだね」

「は、はい!」


 その後、ルクスと会話を終えて自室に戻ったシアナは────シアナの自室で待機していたバイオレットに、凄まじい勢いで話しかけていた。


「バイオレット!ついにルクスくんとデートに行くことが決定したわ!」


 それを聞いたバイオレットは、落ち着いた様子で聞き返す。


「……ロッドエル様とお二人でどこかへお出かけになる、ということですか?」

「そうなのよ!今から楽しみだわ……」


 頬を赤く染めながらそういうシアナだったが、その後落ち着いた声音で言う。


「でも、一つ大きな問題があるのよ」

「大きな問題、ですか……?」

「えぇ、深刻な問題よ────その問題というのは、ルクスくんのお洋服の好みがわからない、ということよ!」


 大きな問題と聞いて身構えていたバイオレットだったが、シアナのその言葉を聞いて少し呆れながら言った。


「ロッドエル様なら、お嬢様がどのような服を着ていたとしても快く思って下さると思いますよ」

「確かにそうだと思うわ……でも、そんな優しいルクスくんだからこそ、私はちゃんとルクスくんが喜んでくれる服を着たいのよ!」


 シアナが大きな声でそう言った後、バイオレットはそのシアナの考えにも一理あると思い頷いてから言う。


「……では、ロッドエル様にお洋服の嗜好をお聞きになるということですか?」

「私がそんなことをしたら台無しだわ、手品師が手品を見せる前に種明かしをするようなものよ……だから、その役目はあなたに任せるわ」

「……私が?」


 バイオレットは困惑したが、シアナは強く頷いて言う。


「今度、ルクスくんのことを王城に招く時、あなたはルクスくんから女性のお洋服の好みを聞きなさい……私がフェリシアーナとして聞いても良いのだけれど、その時のフェリシアーナとしての私には関係の無いことを話していてはルクスくんとの関係性の進展に支障が出るわ……合図は、私が席を外した時よ」


 シアナからの突然の命だったが、バイオレットは今まで何度もシアナからの突然の命を受けてきたため、特に動じる様子もなくいつも通り頷く。


「かしこまりました」

「お願いね」


 その後、二人は一緒に王城でルクスとフェリシアーナが関係性を進展させるための計画を立て始めた。



◇バイオレットside◇

 シアナとバイオレットはしばらくの間王城でルクスとシアナが関係性を進展させるための計画を立てていたが、シアナがメイドとしての仕事を行うために部屋から出て行き、バイオレットはシアナの部屋で待機を命じられたため一人シアナの部屋に残っていた。


「……任務内容は、ロッドエル様からお洋服の嗜好を聞き出すこと、ですか」


 そう呟いた次の瞬間、バイオレットはルクスの言葉を脳内で思い出していた。


「バイオレットさんとも、もっと話してみたいです!」


 王族交流会で、ルクスがシアナに言った言葉だ。


「任務とはいえ、ロッドエル様とお話する機会を頂くことになるとは……ロッドエル様は、私と話すことを嬉しいと思ってくださるのでしょうか?」


 そう呟いた瞬間、バイオレットは自分の発言を疑う。


「ち、違います、私は、あくまでも任務でロッドエル様とお話しさせていただくだけです……ロッドエル様がどうお思いになられたとしても、私には関係ありません……それに、ロッドエル様が話したいのは私であって、私では……余計なことを考えてはいけません、これは、任務なのですから────」


 バイオレットはシアナの部屋で、一人静かに自分にそう言い聞かせた。

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