第36話 舌戦

「フェリシアーナ様……ありがとうございます、もう大丈夫です」


 しばらくの間フェリシアーナ様に抱きしめ続けられた後、僕がそう言うとフェリシアーナ様は優しい表情で僕のことを抱きしめるのをやめた。


「そう、なら良かったわ……ねぇ、ルクスくん」

「はい、なんですか?」

「今度時間があったら、王城に来てみないかしら」

「え……!?僕が王城に……ですか?」


 王城に入れるのは、フェリシアーナ様のような王族の血を引いている人や、一階のダンス会場に居る王族関係者の人とか、例外があったとしてもかなり優秀な人だけだ……とてもじゃないけど、僕が入っても良い場所じゃない。


「ルクスくんはわかりやすいわね、何を考えているか顔にとても出ているわ……でも、私は公用でルクスくんのことを王城に招くわけじゃなくて、個人的に招きたいと思っているのよ、この間ルクスくんが私のことをロッドエル伯爵家に招いてくれたようにね」

「でも、僕なんかを────」


 僕は、思わずまた自分のことを低くする発言をしそうになったけど、さっきフェリシアーナ様に言われたことを思い出してそれを言うのを止める。

 せっかくフェリシアーナ様が僕に素晴らしい領主になるって言ってくれたのに、そう言ってくれた直後からこんなに弱気じゃダメだ。

 それに、フェリシアーナ様も言っている通り、これはあくまでも公用ではなくフェリシアーナ様個人に王城に招かれるだけ……


「……わかりました、今度お時間がある時に、王城に行ってみたいです」

「ありがとう、ルクスくん……その時はバイオレットも居ると思うから、ルクスくんが来てくれると言ったらきっと喜んでくれるはずよ」


 そうか、バイオレットさんも居るんだ……バイオレットさんとも、もっとたくさん話してみたいな。


「バイオレットさんとも、もっと話してみたいです!」

「伝えておくわ……ずっとルクスくんと話していても良いのだけれど、周りから見れば少し不自然になってしまうかもしれないから、私はそろそろ行くわ……ルクスくんも、交流会をまだまだ楽しんでちょうだいね」

「は、はい!ありがとうございます!」


 それだけ言い残すと、フェリシアーナ様はこのテラスを去って、一階のダンス会場へ降りて行った。



◇バイオレットside◇

「ありがとう、ルクスくん……その時はバイオレットも居ると思うから、ルクスくんが来てくれると言ったらきっと喜んでくれるはずよ」

「バイオレットさんとも、もっと話してみたいです!」

「伝えておくわ……ずっとルクスくんと話していても良いのだけれど、周りから見れば少し不自然になってしまうかもしれないから、私はそろそろ行くわ……ルクスくんも、交流会をまだまだ楽しんでちょうだいね」

「は、はい!ありがとうございます!」


 シアナとルクスの一連のやり取りを全て見聞きして、ダンス会場を降りて行ったシアナのことを見ながらも、バイオレットはシアナではなくルクスの発言について考え事をしていた。


「────私と話したい、ですか……」


 バイオレットが考えていたルクスの発言とは、ルクスがバイオレットと話したいと言ったことだった。

 基本的に、シアナと関わった人間はバイオレットのことなど気にも留めず、シアナにしか興味が無くなる────はずだが、ルクスはバイオレットとも、もっと話がしたいと言った。


「お嬢様の想い人というだけあって、ロッドエル様も物好きな方ですね、私などと話しても何も生まれないと言うのに……いえ、ロッドエル様が話したいのはきっと、今の私ではなく明るく話すフェリシアーナ様の侍女であるバイオレット、でしょうか……無愛想で、人の命を奪い、暗い場所で生きているバイオレットのことを知れば、ロッドエル様のような方はきっと私のことをお嫌いになるのでしょう」


 シアナが幸せになること、それこそがバイオレットに唯一許された幸せ。

 自分が誰かを愛し、自分が誰かに求められることは許されない。


「ロッドエル様……どうか、お嬢様とお幸せになってくださいね、私も陰ながら全力で手助けさせていただきますので」


 ルクスには聞こえない声でルクスに向けてそう言うと、バイオレットは任務に意識を戻した。



◇シアナside◇

 王族交流会が終了し、一人で馬車の元までやってきたシアナ────だったが、その馬車の前にはある青髪の女性が居た。


「王族の方が公用で使われる白い馬車……ですよね、第三王女様」

「……フローレンスさん」


 名前を呼ばれたフローレンスは、少し口角を上げて微笑む────だがその微笑みは、ルクスに向ける時のような穏やかさはなかった。


「本日は丁重なおもてなしをしていただき、ありがとうございます」

「なんのことかしら」

「おとぼけになるおつもりですか?ルクス様から私のことを遠ざけるために、とても手の込んだおもてなしをして頂いたと言うのに」

「ルクスくんから私のことを遠ざけようとしたのは、あなたも同じでしょう?」


 強い口調でそう返すと、フローレンスは小さく頷いて言う。


「その通りです……第三王女様はルクス様にご執心なされているようですが、失礼ながら第三王女様はルクス様に相応しくありません……あのとても綺麗なお方には」


 その言葉に怒りを覚えたシアナだったが、それを表には出さずに落ち着いた様子で言う。


「あなたなら、ルクスくんに相応しいとでも言うの?」


 そう言われたフローレンスは、一度視線を下に逸らしてから、再度シアナと目を合わせて言った。


「……ルクス様に関わることとは言っても、こうして第三王女様に対する負の感情を自分の中だけで抑えられずに第三王女様に放ってしまっている時点で、私はきっとルクス様には相応しくないのでしょう……ルクス様であればきっと、負の感情を覚えたとしても全て自分だけで背負い込んでしまうでしょうから」

「それがわかっているのなら、ルクスくんから身を引きなさい」

「……ルクス様がルクス様に相応しい方と結ばれるのなら、それも良いと思っていました────本日までは」

「……本日までは?」


 シアナがそう聞き返すも、フローレンスは何も答えずに白い馬車とは反対方向に歩き始め、シアナとすれ違うときに言う。


「私は本日、第三王女様のおかげで私がルクス様のことを愛しているのだと感じ取ることができました……なので、私がルクス様から身を引くことはありません」


 ────そう言ってシアナの後ろを歩いて行こうとするフローレンスの腕を掴むと、怒りを超えた無機質な目で言った。


「もし、ルクスくんに何か直接的な手を出したら……あなたのことを許さないわ」


 無機質な目と声音でそう言うシアナと目を合わせて、フローレンスは言う。


「第三王女様……あなたは、王族としての才は突出しています……仮に私が第三王女として生を受けたとしても、今の第三王女様と同等の実績を残すことはできていないでしょう────ですが、そのような目をする方のことは、やはりルクス様の傍に置いておくわけにはいきませんね……このようなところを万が一にも誰かに見られては大問題となります、腕をお離しになっていただけますか?」

「……」


 そう言われたシアナはゆっくりとフローレンスの腕を離すと、フローレンスはシアナに微笑んでからこの場を去って行った。

 シアナの周りに誰も居なくなると、黒のフードを被ったバイオレットが姿を現す。


「お嬢様相手に一切動揺しないとは、王族の方以外だとフローレンス様が初めてでは?」


 バイオレットにそう言われたシアナは、無機質な目をやめて普段通りの目と声音でバイオレットの方を向いて言う。


「あらバイオレット、あなたもそうでしょう?」

「そのようなことはありません」


 そう頭を下げたバイオレットに対して、シアナは少し呆れながら言った。


「まぁいいわ……それよりあの女、私のことをルクスくんに相応しくないと言っていたけれど、それについてあなたはどう思う?」

「……お嬢様とフローレンス様のロッドエル様に相応しいという基準は違うようなので、答えることが難しいです」


 シアナはそのバイオレットの言葉に納得する。

 シアナとフローレンスのルクスに相応しいという基準には、決定的な相違点がある。

 そのため、どちらがルクスに相応しいかどうかを話しても答えは出ないだろう。


「それもそうね……それでも────誰が何を言おうと、ルクスくんと結ばれるのは私よ」


 シアナは、そのことだけは強く断言することができた。


「はい、これからも微力ながら手助けさせていただきます」

「えぇ、頼りにしているわ」


 その後、二人は白い馬車に乗って一度王城まで帰ると、シアナはすぐに着替えてロッドエル伯爵家へと戻った。

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