【KAC20243】奇妙な弁当箱

XX

あやしいものを発見した。

 俺は弁当箱を前にして、腕を組んでいた。

 これ、何だ?


 俺は高校生なんだけど。

 学校への通学路の途中に、赤い郵便ポストがあるんだわ。


 そこの上に、ここのところ、妙なものが乗っている。


 紫色の包みに包まれた、何かだ。


 最初、誰かが仮置きしてるのかなと思って、スルーしてた。


 けれど


 ……何か、ずっとあるんだよね。


 そうすると、気になって来るよな。

 毎日、登校時と下校時に郵便ポストの前を通るたび、あるんだよ。


 ……ナニコレ?


 好奇心が鎌首を上げてくる。

 で、俺はあっけなく屈した。


 下校時に、決行。


 ……中身を見て、確認したら元に戻そう。

 大丈夫。見るだけだし。


 何の罪にもならないさ。


 そんなことを考えて、俺はその包みを開けた。


 すると


応馬寺桜おうまでらさくら君へ。どうぞ食べて下さい』


 ……俺の名前が書かれたカードが入っていた。

 で、そのカードの内容から判断するに……


 この、カードが添付されていた安っぽい金属の箱は……


 弁当箱だな。


 そう、判断を下した。


 で……


 俺は腹が減っていたけど、そっと包みを戻して、またポストの上に戻した。


 ……いや、さすがに気持ち悪い。

 食べるわけがない。


 ……誰?

 ストーカー?


 俺、彼女なんて生まれてこの方出来たこと無いのに。

 彼女が出来る前にストーカーが出来るって何よ。


 そうして俺は。

 その日は弁当箱に手を付けずに放置した。


 そしてその後も。

 ポストの上の弁当箱は変わらずそこにあった。


 ……消えないな。


 そうすると、また興味が出て来た。

 弁当箱。


 俺が生まれてこの方、誰からも作って貰えなかった代物。


 俺には母親が居ない。

 どうも俺を産んですぐに死んだらしい。

 親父がそう言ってた。


 俺の親父は大企業の研究者で。

 地位はかなり高い。


 でもそのせいで、めさめさ忙しい。

 その結果、親父は俺に食事の世話が出来なくて。


 俺の食事は、学食か、お手伝いさんが作り置きした食事だ。

 弁当は無い。


 ……頼めばできるんだろうけど、俺の自己満足のために、お手伝いさんの手を煩わせるのは申し訳ないし、こういうのは有償で作ってもらうのは何か違う気がする。


 彼女もいないから、いよいよ縁がない。


 それが俺にとっての、弁当箱。


 ……そんな想いで。

 また俺は屈した。


 ……弁当箱の中身が気になる。

 俺宛てのカードが添付された弁当箱の中身が。


 また、下校時に決行。


 包みを開けた。

 すると、やっぱり蓋の上にカードを乗せた金属の弁当箱。

 カードは裏返しになっていて、捲ってみると同じ文面があった。

 同じものだ。


 前はここで引き下がったけど。

 今日はこの先を見てみたい。


 俺は弁当箱をドキドキしながら開けた。


 すると……


 容積の半分が白米。そこに赤い梅干しが1つ乗っていて。

 それに鶏ささみの蒸し物に、ブロッコリー。

 そこに茹でキャベツと、白身だけのオムレツ。

 デザートの立ち位置か、切ったオレンジ。


 ……微妙に筋トレ意識してるのが、俺向きというか。

 俺の趣味、筋トレなんだよな。


 ……というか。


 何で腐ってないの?


 俺がこの包みを発見してから、2週間は経過してるんだけど。

 普通腐るだろ?


 なのに、この弁当箱は……

 とても美味しそうな匂いを放っていた。


 食べたい……と思ったけど。

 なんか変なものが入ってるかもしれないと思い、そこは耐える。


 で、再び元通りにしようとしたのだけど。


 ふと、思いつくことがあり、俺は


 あのカードを、弁当箱の下に敷いて、紫の布で包み直した。




 弁当の中身が腐っていないことについて俺は


「毎日、誰かが弁当を作り直してあのポストに置いている」


 そう、結論づけて。

 同時に、そのあまりに異常な図柄に、疑問を持ってしまった。

 毎朝、まず食べて貰えない弁当を作ってポストに置いておく。

 ハッキリ言って普通じゃないよな。


 ……だから逆にありえなくないか?


 そう思ったから、昨日、仕掛けておいたんだ。


 今までは、カードは常に蓋の上にあった。

 まあ、普通はそうだろうよ。そんなものを弁当箱の下に入れるヤツはあまりいないだろ。

 自然じゃない。


 だから俺は、昨日あえて「弁当箱の下にカードを置いた」んだ。

 これで今日の夕方開封するとき、弁当箱の下にカードがあったらそれは「何も変わっていないこと」のサイン。

 そう、受け止めることが出来る。


 そして……


 その日の夕方、再開封。

 結果、カードは弁当箱の下にあった。


 ……変わっていないことのサイン。


 そしてその中身は……


 やっぱり、変わっていなかった。

 これはこれで、あり得ない気がする。


 特にオレンジが瑞々しいままなのは変だろ。


 で。

 そのあまりに異常な状況に。


 俺はこの弁当が大丈夫なんじゃ無いのかと逆に思ってしまった。

 マイナスとマイナスが掛け合わされるとプラスになるみたいな。


 だから……


(食べてみよう……)


 そう思った。

 大丈夫……変な味がしたら吐き出せばいいさ。


 そして俺は、鶏ささみを口にした。


 ……とても美味かった。

 蒸し料理って、そう簡単な料理では無いと思うんだけど、ふわふわの蒸し加減で。

 これを作ってくれた人に悪意なんてあろうはずがないと思ってしまった。


 ……なので、気が付いたら完食していた。


「ごちそうさまでした」


 手を合わせる。

 合わせてから。


 俺は弁当箱を元の紫の包みに戻し、ポストの上に置き直す。


 あのカードの裏面に「美味かったです」と書き込んで。




 それから。

 次の日、ポストの前を通ると。

 また、包みがあったんだ。


 俺はそれを無言で持って行った。

 これは俺のものであると確信して。


 お昼休みにそれを開けると、案の定で。

 カードも同封。


 そこには「やっと食べてくれて嬉しいです」と書かれていた。


 この奇妙な現象は、俺が高校を卒業するまで続いた。




 そして時が流れ。


 俺は学校を卒業し、時間科学という新しい学問の研究者になっていた。


 俺の何にでも疑問を持ち、検証し、ときには大胆に決断する性格がどうにも評価されたようで。

 国の研究者に採用されたときは本当に嬉しかった。


 そして現在は、政府の研究機関で日夜タイムマシンの開発に全力を注いでいる。


 タイムマシン。


 それはSFの題材に良くある、夢の機械。

 開発できれば、過去に人類がうっかり絶滅させてしまった絶滅動物の再生や、決着のついていない歴史論争に終止符を打つことができるようになるかもしれない。

 とてもやりがいのある研究テーマだ。


 とはいえ……


 タイムマシンが、とんでもなく危険なマシンであることは、俺が説明しなくても皆分かると思う。

 なので、おそらく運用に様々な制限が掛けられるはずだ。


 で、俺が予想するのは


 まず、未来への渡航禁止。

 これは誰でも分かると思う。これを許すと悪用てんこ盛りだ。

 そして過去改変禁止。

 これも分かるよな。

 歴史は変えたいこともあるけど、変えることで何が起きるか分からないんだから。


 で、そこから考えるに……


 おそらくこういうことが禁止、そして許可されるんじゃないかと思うんだ。

 それは……


 人間の時間移動の禁止。

 人間が時間移動するのは、過去改変に繋がりやすいから、おそらく禁止されると思う。


 だから……

 許可されるのは、モノの移動。

 それも、その時代ではオーパーツにならないような物品。


 江戸時代の日本に、ステンレスの製品を送るのはNGだけど、木製の製品はOK。

 こんな感じだ。


「桜さん、次の政府報告会のパワポの準備なんですけど」


 そこに、俺に声を掛けてくる女性の声があった。


 彼女は、俺が研究員に採用されたときに同期だった女性ひとで。


 今では、俺の妻だ。


 彼女はとても優しいのだけど、料理も上手で。

 特に蒸し料理が、そのまま専門店を開けるんじゃ無いのかと思うくらい、上手い。


「ああ、それはもう完成してるから大丈夫だ」


 俺は彼女にそう答えながら、デスクについて弁当箱を開ける。

 そろそろ昼だし、今が食事のタイミングなんだよ。


 俺の弁当箱。

 最新式の、食中毒防止抗菌仕様の決定版だ。

 中の料理は、低カロリー高たんぱくのヘルシーメニュー。

 俺の唯一の趣味である筋トレへの気遣いがとても嬉しい。


「いただきます」


 手を合わせて、一礼。

 食べ始める。


 ……やっぱり、弁当は他人に作ってもらったものに限るな!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【KAC20243】奇妙な弁当箱 XX @yamakawauminosuke

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ