白猫と魔法少女

来冬 邦子

目覚めよ、勇者よ。

                < Ⅰ >


 地底のダンジョンの底の底、おそらくはこのダンジョンを作った魔王でさえ知らなかったという秘められた場所。そこには黒い箱があった。箱の中に何があるのか、誰も知らない。勇者に倒された魔王の遺した宝だとか、魔王を倒してから消息の知れない勇者の亡骸なきがらだとか、いくつも噂はあったが真偽の程はわからない。

 

 数十年後の或る年、気まぐれな王様がダンジョンの箱を取ってきた者には、王国の四分の一をやろうというお触れを出した。ところが、この国の国民はみんな勤勉で真面目な小心者だったので、そんなうまい話に乗る者は誰一人としていなかった。たった一組のパーティーを除いては。


 箱を捜しに行った命知らずは、赤いマントの魔法少女、スピカと、ペットの白猫のシュレディンガーだった。


「なんで、あたしが行かなきゃいけないのよ!」


 旅立つ日の朝、スピカはふくれっ面で猫にあたった。

 肩にかけた赤いマントは女王様からの餞別せんべつだった。


「そりゃあ、スピカが勇者だからだよ」


 白いもふもふ猫は人語を解した。


「お妃様の見た夢に女神様が出てきて、勇者、スピカを旅立たせなさい、って言ったってんだから仕方ないでしょ」


「あたしはまだ中一なのよ。英語塾も行かなきゃいけないのに」


「そこは想定外だったって女王様も言ってた」


「もうー、なんで中止にしないのよー」


「まあ、行くだけ行ってみようよ。つまんなかったら帰って来ればいいんだし」


「そんな、あたらしいテーマパーク行くみたいな」



 ダンジョンを覆い隠す暗黒の森は魔物の巣窟だった。まずここを越えなくてはならない。スピカの赤いマントには姿を消す魔法と、呪いを解く魔法が染み込ませてあったが、敵が強すぎてまったく役に立たなかった。しかし、白猫シュレディンガーは鬼のように強かった。岩男ゴーレムを二秒で粉砕し、歌うマミーは三秒で複雑骨折し、蛇頭のメデューサにはガラスを引っ掻く音を大音量で聴かせて失神させた。結果、スピカはすべてがレベル99の勇者となった。



                < Ⅱ >


 そしてついに魔法少女と白猫は呪われたダンジョンに辿り着いた。


「さあ、スピカ。ここからが真の恐怖だ」


「シュレディンガー、恐いこと言うの止めて!」


 スピカの魔法「白い息吹」でダンジョンを迷わず通過した。途中に魔物がいただろうって? スピカの魔法「熱い絆」で全員友だちになった(つまんないって? ガラス引っ掻くわよ)こうして勇者スピカと聖なる剣士シュレディンガーはダンジョンの最下層に辿り着き、千年の眠りについた魔王のひつぎを見つけた。


「これが秘密の箱?」


 スピカの声は震えていた。


「いや違うようだ。大きすぎる」


 魔王の柩には飾りの無い燭台が光の輪を投げかけていた。


「よおし!」


 スピカは寝ている無抵抗な魔王に、白魔法奥義「目が覚めたら、可愛いカピバラになりますように」をかけた。


「カピバラなら大丈夫よ。どんなに悪辣あくらつなカピバラでも、あたし、カピバラなら恐くないもん!」


「う、うん。いいんじゃない?」

 

 猫は目を逸らした。「まあ、千年先の話だしね」


 スピカとシュレディンガーが魔王の柩の間から出ようとドアノブを回すと、ノブはそのままでドアそのものが回った。


「なに、これ?」


「うえ、気持ち悪い」


 シュレディンガーはスピカの足に抱きついた。


「どうなるの、これ?」


「わかんない」


 半開きのドアの向こうには真っ暗な亜空間が広がっている。

 一人と一匹はそこに吸い込まれた。



 普通なら亜空間の歪んだ重力でたちまちカエルのように潰されてしまうのだが、スピカの出した『フワモコ・シールド』という虹色のシャボン玉に包まれたおかげで、一人と一匹はなんともなかった。


「シュレディンガー、もう箱とか、どうでもよくね?」


「うん。こんなに真っ暗じゃ、見当もつかないしね」


「帰ろっか?」


「そうしよう!」


 二人が帰る相談をしていると、亜空間を一艘の銀色のボートが近づいてくる。


「敵?」


 身構えるとボートは向きを変えて離れていく。


「味方?」


 ボートはそろそろと近づいてくる。


「誰?」


 近づいてきたボートには白いフード付きのマントを着た老人が一人乗っていた。




               < Ⅲ >



「箱を捜しているのは、君たちかい」


「え、箱を知っているんですか?」


 老人は被っていたフードをはね除けた。その顔には若々しく輝く瞳と老いを隠せない皺が同居していた。


「僕は勇者だ。四十年間ここにいる」


「わたしたちも勇者です。魔王の箱を捜しに来ました」


「それなら、ここにある」


 勇者はマントの下から黒い箱を取り出した。


「あげるよ。取りなさい」


 スピカは伸ばしかけた手を引っ込めて、上目遣いに尋ねた。


「あの……。何が入っているんですか?」


「見てみれば?」


「いや。怖いって言うか……」


 元勇者はふふふと笑った。


「箱の中にはカエルがいる」


「はいっ?!」


「そのカエルは人をおだてるのが上手でね。どんなにまともな人間でも、たちまち世界征服を夢見はじめる」


「じゃあ、王様にこれを渡したら……」


「戦争やら、征服やら、やらかしそうだね」


「棄てちゃいましょう!」


「僕もそう思ったんだが、どうやら、このカエルは不老不死なんだ」


「ええっ? そしたら、どうすれば……」


「仕方が無い。これまで通り、僕が預かろう」


 元勇者は微笑んだ。


「それで、四十年も、ここにいたんですか?」


 スピカの目から涙が零れた。


「泣くな、勇者よ。これも星の運命さだめなのだろうよ」


「方法なら、あるよ!」


 シュレディンガーが叫んだ。

 白い猫は元勇者から黒い箱を受け取ると亜空間の暗闇に投げた。


「さあ、ここを出よう」


 二人と一匹はシャボン玉に包まれたまま急上昇していった。

 遙か彼方に光るものが見える。シャボン玉の速力が上がった。

 光が大きくなった。


「さっきのドアだわ!」


 スピカはシュレディンガーを抱きしめた。


 半開きのドアが天空に浮かんでいる。

 二人と一匹はシャボン玉に運ばれて、外の世界に戻った。

 猫はバタンとドアを閉めると、魔法文字で封印を施した。


「これで誰も入れないよ」


 ドアは、みるみるうちに消えてゆく。


「素晴らしい猫だな、君は」


 元勇者が褒め称えると白猫はゴロゴロと喉を鳴らした。


「さあ、帰ろうじゃないか!」


「どうやって帰るのよ。この部屋、ドアは一つしかなかったのよ」


「君の呪文があるじゃないか」


 シュレディンガーはスピカの足に尻尾をこすりつけた。


「そうだった!」


 スピカは赤いマントと一緒に、女王様から呪文を一つ教えてもらったのだ。


「二人とも、わたしに触れていてね」


 二人と一匹が寄り添うと、スピカは大きな声で呪文を唱えた。


「ルーラ!」


 王宮に戻った二人と一匹がどうなったか、それはまた別の物語。


                     ~了~

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白猫と魔法少女 来冬 邦子 @pippiteepa

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