いい『箱』が見つからない

辺理可付加

いつかは東京ドームや武道館

「ああぁぁ〜〜〜!!」


 放課後の三軒茶屋さんげんぢゃや高校2年3組教室。

 一番ヶ瀬いちばんがせ天弓あゆみは、椅子の背もたれへ身を投げた。


「どうしたの弓ちゃん!?」


 振り返ったのはギターをチューニングしている御香宮ごこうぐうはじめ。

 天弓は彼女に抱き着いた。



「ちょうどいい『箱』が見つからないよぉ〜!!」



「『箱』って、ライブハウス?」

「そう。よよよ……」

「よよよ、って泣く人初めて見た」

「じゃあ次はくすくす笑う人だね」


 ライブハウスを探している時点でお分かりと思うが。


 そう。二人はインディーズ女子高生音楽グループ

『月極バンド』

 のメンバーなのである!


 天弓がドラムではじめがギター。

 ちなみにバンド名の由来は全員が『月極げっきょく駐車場』って勘違いしてたから。


「やっぱりね? いいところは高くってさ? お高くまとまりやがってさ?」

「三茶にいるような女子高生が言うことじゃないと思うな」

「でも予算内だといい物件がないぃ〜! クキィーッ!」

「床に座り込んでハンカチ噛んでクキィーッとか言う人初めて見た」

「じゃあ次はほっぺに手ぇ当てて『あらあら』って言う人だね」


 スカートを軽く払い、席に戻る天弓。


「まぁ、多少マシな物件もいくつかあるにはあったんですがね」

「そうなの?」

「その辺はメンバー揃ってから話し合おうかと」


 もちろんバンドなので、ドラムとギターだけでは成立しない。当然他のメンバーがいる。

 が、ベースの高田馬場たかだのばばすずは英語と数学と物理と公民の追試。

 ボーカルの北大路きたおおじ御幸みゆきはドーナツの油が古くて食あたり。

 両者ともこの場にはいない。


「そうだ。はっちゃんだけでも先に確認しとく?」

「いいの?」

「だって二人とも生きて帰ってくるか分からないもん」

「ふへぇ……」

「というわけで実質二人で決めることになると思う! だからもう聞いちゃって! 第一弾! じゃーじゃん!」


 天弓は立ち上がって胸を張る。せわしない生き物である。


「超絶駅チカ!」

「えぇ!? それすごくいいじゃん! 駅から近いと人が来やすいし、ギター持って延々歩かなくていいし!」

「ただし難点として」

「あー、やっぱりそういうのあるんだ」


 腕組み渋い顔の天弓。はじめも興奮で顔に寄せた拳を膝へ下ろす。


「駅チカすぎて、逆に電車がうるさいと」

「えぇ、それって防音設備大丈夫なの? こっちからも外に音漏れない?」

「それは大丈夫。出口遠いから」

「えっ?」

「何せ駅チカ! 『東京メトロ新宿』改札口から徒歩0秒! 一番近い出口でもそこそこの距離! 地上にゃ聞こえないよっ!」

「駅地下じゃねぇか!」


 下ろした拳をまた振り上げるはじめ。忙しない生き物である。


「ダメ?」

「路上ライブにしても他に場所あるよね!? ていうか弓ちゃんはドラム持って地下鉄乗る気!?」

「ダメかぁ。じゃあ第二弾! デーデン!」


 天弓はドンッと胸を打つ。


「ステージトラック! DEATH!」

「おぉーっ! 憧れの!?」

「そう! 憧れの!」

「あの荷台の横の壁が開くやつ!?」

「そう! 上にガショーンって開くやつ! コンボーイ!」

「一度あれやってみたかったんだぁ! 海の見える公園とかで!」

「ただし難点が」

「そうだよね。知ってた」


 勢いを失うように座る天弓。

 うーむ、と首を捻る動きが二人、シンクロする。


「まず、けっこー狭くて」

「狭いんだ。小型なんだね」

「うん。で、ガラス張りで」

「へぇ、めずらしい」

「ていうかマジックミラーで」

「ん?」

「オーディエンスの歓声が聞こえないんだよねぇ」

「大丈夫? それ歌ったあとにエッチな撮影始まったりしない? 逆に歓声聞こえたらマズいパターンじゃない?」

「しかも逆マジックミラーで外見えないから、盛り上がってるかすら見えないんだよねぇ」

「ますますアウトじゃん! 絶対いかがわしいヤツだよ! しかもよくあるヤツよりシチュエーションハードだよ!」

「でも使用料どころかギャラ貰えるんだよ?」

「AVじゃねぇか!」

「もしそうなったら、優しくしてね……♡」

「嫌だよ!」

「えっ、そこまでガチ拒否されると、さすがに傷付くなぁ」

「えっ? そ、それはごめん! そうじゃなくて! 私、弓ちゃんのこと自体は好k……ヴッヴン! 嫌いじゃないけど! でも、こう、心の準備が……」

「まぁ私も趣味じゃないしいいけど」

「なんなんだよ!!」


 握った拳が一撃に変わるのをなんとか堪える。

 そんなこと気にも留めず、天弓はまた立ち上がる。忙しない(以下略)。


「はっちゃんは注文が多いなぁ!」

「これ私が悪いの?」

「ならば三度目の正直第三弾! ガーガン!」

「私は弓ちゃんにガーンだよ」


 大きく広げられる両手だが、安心感や威厳はまったく感じられない。


「学校から近い! 設備完備! 冷暖房もあります! やや狭いけど!」

「ふーん、学校から近いと友だち呼びやすいね」

「明らかに興味をなくしてるな? キサマ」

「キサマの発言を振り返れキサマ」

「ただし難点が」

「難点はおまえの頭だよ。あと駅チカみたいに学校から近いじゃなくて、音楽室そのものとかはナシね」

「……」

「……」

「〜♪」

「おい、口笛吹くなドラム担当」

「……」

「……」


「使用できるのは次の文化祭ね?」

「あのさぁ」






「あー、追試とかさぁ、マジでさぁ。『通してあげたいから、あなたのためにやってるのよ!』ってさぁ。じゃあ最初から赤点付けんなよな」


 夕暮れの校内。

『月極バンド』ベース担当、高田馬場鈴が下駄箱を出て校門へ向かうと、


「お、レインじゃん。おーい!」

「あ、すっちー」


 振り返った天弓(あだ名の由来は天弓レインボー)はトボトボと歩いている。

 鈴は小走りで駆け寄った。


「どしたん。元気ないじゃん。話聞こか?」

「あぁ、あのね?」


 天弓の力ない笑みが沈む夕日に被る。


「今度のライブの『箱』が、なかなかいいのが見つからなくて」

「あるね、そういうこと」

「いろいろがんばってはっちゃんにプレゼンしたのですが」

「うん」

「MM号とか」

「おい」



「『ふざけすぎだ』と不興を買って、このたび『月極バンド』をお払いに」

「ぼ⚫︎ち・ざ・ろっくになっちゃったか……」

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いい『箱』が見つからない 辺理可付加 @chitose1129

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