宝箱の過去と現代と未来

藤泉都理

宝箱の過去と現代と未来




 宝箱。

 それは思わず手を伸ばしてしまう魅惑の箱。

 宝がないかもしれない。

 罠が仕掛けられているやもしれない。

 怪物が入っているのかもしれない。

 それでも、開けずにはいられない、危険な箱。


 ましてや冒険者ならば猶のこと。




「開けずにはいられめえよ」




 元は地下迷宮を利用して使用されていた脱出不可能な監獄、今はダンジョンとして名を馳せている獄門響ごくもんきょう

 地下七階で初めての宝箱を発見した冒険家は、喉を鳴らした。


 今回、ダンジョンに初挑戦するこの冒険家。

 仲間はおらず、一人ぼっち。

 ギルドに行って手あたり次第に一緒に行こうと誘いはしたが、獄門響には行きたくないと、みな、首を横に振った。

 みな、行ったことはないが、それはそれは恐ろしいところだと聞き及んで敬遠していたのだ。


 冒険者、猶のこと、胸をときめかせる。

 誰も挑戦しないダンジョンにこそ、行くべきである。

 例えば、一回目で攻略できなくとも、二回、三回、百回と挑み続ければいいのだ。

 闘志を抱いていざ、獄門響に足を踏み入れたわけだが。

 ただの迷宮、ところどころに鉄格子部屋、鉄板扉部屋。

 怪物もいなければ、罠もなければ、妖精もいなければ、妖しい植物もいない。

 けれど冒険家の胸の高鳴りが減少することはなく、上昇し続けていた。

 そんな時、見つけたのが、初めての宝箱。


 ギルドのマスターに教えてもらった通り、まずは、宝箱から距離を取って土下座。

 これから開けさせていただきますと宣言。

 少しずつにじり寄る。

 手が届く距離まで縮めると、今から聖水をかけさせていただきますと宣言。

 懐に入れて置いた聖水をかけて、宝箱の舞いを披露。

 十分間、厳かに静かに情熱高く宝箱の舞いを披露してのち、宝箱を開けさせていただきますと宣言。


 罠でも、怪物でも、空っぽでも、このわくわくどきどきは消えやしないだろう。

 冒険家、ゆっくりと、たおやかに、宝箱を開く。と。

 小さな弁当箱が入っていた。

 見覚えのある、丸型の渋い弁当箱。

 これは。

 目を見開いた冒険者が弁当箱の中を開くと、ドラゴンウインナー、卵焼き、ミートボール、ブロッコリー、ミニトマトと見慣れたおかずと丸型のおにぎりが三つ。

 これは。

 弁当箱に記されたイニシャルを見た冒険者、弁当箱を持って駆け走る。

 これは、






「父さ。いえ。国王様!」

「どうした我が息子よ。今は執務中であるぞ。後にしなさい」


 ルーラで獄門響から王宮までひとっ飛びした冒険者は、王宮の中をずんずんと突き進んで、国王がいる執務室へ突撃。

 申し訳ありませんと非礼を侘びてのち、弁当箱を見せた。

 国王は目を細めて、厳重に封印していたのによくもまあ開けられたなと言った。


「これは、俺が小さい頃に作った弁当。ですよね。まだ、あなたが国王になる前、冒険家だった時に。作った回数は、たったの三回だけでしたけど」

「冒険ばかりで、ほとんど家に帰らなかった。それでも。おまえは。わしを。冒険に行くわしを快く見送ってくれた。弁当を作ってくれた。そんな貴重で真心がたっぷり詰まった弁当を食べられようか。否。食べられるわけがなし。ゆえに、わしは、宝箱に厳重に封印して、特殊な魔法をかけて、人生の最期に自動的に宝箱の前に行けるようにした。人生の最期に、おまえの作った弁当を、食べたかった………冒険家として、冒険家になる為に、必死で冒険家修行に励んでいたおまえは、弁当を作る時間などなかったし。わしの判断に間違いはなかった。うん。宝箱に厳重に封印していてよかった。はずなんだけれども」

「………わかりました。じゃあ、一緒に戻って封印しなおしてください。確かに。国王様の仰る通り、あの頃のようにあなたを、あなただけを想って、もう弁当は作れませんから。ですが。これからは」





















「ううう。成長したな。我が息子よ」


 緑茶のつまみに冒険家としての土産話をたくさん持って、時々帰ってきますから。

 それでは、執務中失礼しました。

 お弁当は、預けておきますね。


 頼りない背中だったはずだ。まだ。けれど、誰よりも輝いていて、凛としていた。


 国王は、ちらと、執務机に置かれた、小さな弁当箱を見て、そして、手を伸ばしたのであった。











(2024.3.8)



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宝箱の過去と現代と未来 藤泉都理 @fujitori

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