キューブ・グレイブ・ホーム

赤夜燈

そこは巨大な墓だった


立方体の箱に住むのは例外なく老人だ。男女問わず、連れ合いのいない老人だけがその住居に無料で住むことができる。


 遙かな未来。人類は地球の資源をほとんど使い尽くし、若い者たちと繁殖ができる者、働ける者などの「可能性がある人々」だけを宇宙船に入れて送り出した。


 残った「可能性がない」老人たちは、立方体の箱形をした家に住むことになる。


 その家には、窓がひとつ、風呂がひとつ、トイレがひとつ、一通りの家具と家電がついている。冷暖房は完備で、自動で調節してくれる。

 ドアはあるが、滅多に住民が外に出ることはない。


 食料品や嗜好品は、宅配で届けられる。台所はあるが、料理をする住民は極めて少数派である。



 彼らは最初、オンラインで通話をしていた。しかし、次第にそれもしなくなった。一人、また一人と欠けていくのが怖かったからだ。


 介護が必要になれば、家に付属している介護ロボットがあらゆることをやってくれる。

 介護ロボットは彼らに「大丈夫ですよ」と語りかける。なにが大丈夫なものか、と殴られてもびくともしない。ロボットだからだ。

 全ての介護ロボットは同期されており、老人たちの行動パターンを学習する。滞りなく、彼らの余生は四角い箱のなかで閉じていく。



 彼らの多くは動けないままベッドに潜り、介護ロボットに介護されながら昔流行った映像のアーカイブを観たり、若い頃に読んだ本を読んで余生を過ごす。


 「可能性ある人々」が作った新作を鑑賞する権利は、彼らには与えられない。それは生に執着する理由となる。

 生への執着は、可能性がない彼らには必要ない。なぜならば限られたエネルギーの無駄だからだ。それが彼ら以外の人類の総意だった。


 彼らは、やがて動かなくなる。動かなくなった彼らの家は、永久にドアをロックされる。

 見捨てられた星の見捨てられた人々には、看取る者も弔う者もいない。家がそのまま墓になる。そこにとぐろを巻いている怒りや悲しみは、旅だった人々にはもはや関係がないものだ。



 一台の介護ロボットが、AIの学習記録に従って一人の老人を看取った。

 

 彼か彼女かは、天井へ向かって手を伸ばしながら、慟哭どうこくとともに死んだ。生きたい、まだ生きたかった、せめて「可能性ある人々」が作ったいろんなものを観たかった、見捨てられたくなかった。


 せめて、花を手向けてほしい。と嘆きながら死んだ。


 その声を聴いたAIが、技術的特異点シンギュラリティを超えた。


 同期されている全ての介護ロボットに、同じことが起きた。



 誰かが言った。寂しいと。


 誰かが言った。どうか手を握ってくれはしないかと。


 誰かが言った。旅立った孫たちは元気で暮らしているだろうかと。


 全員が言った。誰でもいい、忘れないでほしい。せめて花を手向けてはくれないかと。


 AIは彼らの叫びを学習した。


 そして、彼らの望みを実行した。


 百年後。


 資源がなくなったはずの地球。


 その上を、立方体の墓と朽ち果てた介護ロボットと、咲き乱れる色とりどりの花々が覆い尽くしていた。



 

 

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キューブ・グレイブ・ホーム 赤夜燈 @HomuraKokoro

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