ばあちゃんの小箱

尾八原ジュージ

ばあちゃんの小箱

 ばあちゃんが持ってた例の小箱な、ばあちゃんの葬式の準備してるときに開けてみたら、古銭が六枚入っとった。真ん中に穴の空いとるやつ。

 これ、何か知ってる? むかし葬式のときに、死んだひとに持たせたものらしい。

「ばあちゃんのばあちゃんが亡くなったときの六文銭じゃって。ばあちゃん、昔言うとったよ」

 って、母ちゃんが教えてくれた。

 死者の六文銭っていえば、三途の川の渡し賃なんよ。なんでもばあちゃん、自分のばあちゃんが三途の川渡ってしまうのが嫌だったらしい。そのときはばあちゃんも子供だったから、交通費なかったらあの世に行けんのと違う? って、素直に思ったんじゃろ。そんでこのお金こっそり抜いて、隠しておいたらしいわ。

 そしたらばあちゃんのばあちゃん、どうやら本当に三途の川渡れんかったらしい。

 ばあちゃん、うちの神棚よりもこの小箱のほう拝んどったな。拝んどったら自分のばあちゃんが家族のこと守ってくれると思っとったらしい。実際、戦争んときに家が焼けなかったのも、じいちゃんが南方のジャングルから生きて戻ってきたのも、おれが車に轢かれたとき運よく軽い怪我で済んだのも、全部全部小箱におるばあちゃんのばあちゃんのおかげ――なんて思ってたフシがあったわ。いや、それが合ってたかどうかわからんけど。

 わからんけどもさ。

 ばあちゃん亡くなってから、家ん中変なのは確かよ。

 まず夜になると、白い髪振り乱したばあさんが、うちの廊下を歩き回るようになった。それがばあちゃんじゃない、たぶんばあちゃんのばあちゃんって人なんだろう。

 おれも見たよ。能面の痩女みたいな顔してた。ツッ、ツッ、って足引きずるような音たててさ。歩くんだよ。

 その頃ちょうどうちの梅の木が満開じゃったけど、朝になったら花が全部散ってて、木も枯れてしまったんよ。それから池の鯉は全部死ぬし、うちの会社の経営が傾いてきて、おまけに父ちゃんが怪我して働けなくなって、挙句の果てにおれ、もっかい車に轢かれたからね。

 車に撥ねられてパーンと宙を飛んでさ、そんとき世界がスローモーションになった。で、見たんだよ。おれを轢いた車の後部座席に、白髪のばあさんが座ってたの。でも後で聞いたら車にいたのは運転手ひとり、そんなばあさんはおらんかったって。

 いや、ほんまに参っとる。

 今皆で話しとるのがさ、箱を焼いたのがまずかったんじゃないかって。ばあさんの葬式のとき、あの箱、中のお金も入れたまんまで一緒に燃やしてやったんよな。ばあさんが大事にしてたものじゃけぇって。

 でもそれ、本当はやったら駄目なことじゃったのかもしれん。

 あれはもう、そういう感じに処分していいものじゃなくなってたのと違うかって。ばあちゃんが毎日拝んでるうちに、ほんとの神様みたいに、代々拝まなきゃならんもんに変わっとったのかもしれんなぁって。

 でも燃やしてしまったからなぁ。あー。

 どうもならんなぁ。

 ああ、もう夜じゃねぇ。ほら。

 廊下から足音が聞こえてきた。

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