家を失った吸血鬼と腕のいい箱職人

清水らくは

家を失った吸血鬼と腕のいい箱職人

 深夜、扉を開けるとみすぼらしい、やせ細った男がいた。黒尽くめの服を着おり、目元もクマで黒くなっている。

「こんな夜中にどうなさいましたか」

「大変に申し訳ない。昼には来れぬ理由があったのだ。お主の評判を聞いて訪れた。ここに銅貨がこれだけある。我の家を作ってくれぬか」

 そう言って差し出された手には、確かに銅貨が数枚あった。だが、家を作るのに足りるはずがないし、何より私の仕事は家を作ることではなかった。

「すみません。私は箱職人なもので。なんならば知り合いの大工を紹介しましょうか」

「説明不足だったな。我の家は箱なのだ」

「どういうことです」

「普段は棺桶で寝ている。だが破壊されてしまってな。屋敷も焼かれてしまった。慌てて逃げだしたのだが、知らない地域まで来てしまった」

「それは大変でしたね。しかしお話を聞く限り、あなたは人間ではないですね」

「確かに我は吸血鬼。頼みを聞いてはくれぬか」

「……あなたが入る箱でよいのですね」

「おお、作ってくれるか」

「ええ、少し時間をいただきますが。それまでは狭いですがこちらで寝てもらえますか」

 ちょうど、試作品で使っていないものがあったのだ。それを、吸血鬼に差し出す。

「これは何の箱だ」

「馬糞を溜めるものです。まだ使ってないからきれいですよ」

 吸血鬼は嫌そうな顔をしたが、箱を受け取ると膝を曲げてその中に入ってみた。

「ううむ、天井がないと寝れんな。しめてくれないか」

「ええ? 普段はどうしてるんですか」

「棺桶の内側には取っ手が付いておる。蓋を閉めやすいのと、既製品が手に入りやすいのが棺桶に寝る理由だ」

「そうですか。とりあえず今日は寝ます。あなたも部屋の中で寝ていて良いですよ」

「いや、外で寝ないと活力が得られんのだ。庭を借りるよ」

「ご自由に」



 次の日の朝から、吸血鬼用の箱を作る作業が始まった。誰かが入るための箱を作ったことはない。もちろん吸血鬼用のものも。ただ組み立てればいいとは思わない。彼が寝る場所なのだから、快適な方がいいだろう。大きさだけでなく硬さや通気性についても考える。

 夜になると、馬糞の箱から吸血鬼が起き上がってきた。少し血色がよくなった気がする。

「おはようございます。何か飲みますか」

「では、水を。飲食物を消化する機能がないのだ」

「そうですか」

「おや、箱ができておるではないか」

「試作品です。とりあえず今夜はこちらで」

「これで十分だぞ」

「あれだけ銅貨をもらってこれでは私の名誉にかかわります。一晩寝てもらって、あとで感想をお聞かせください」

「わかった。申し訳ない」

 そう言うと、吸血鬼は新しい箱を持って外に出た。昼に寝るものかと思っていたが、夜も寝るようだ。疲れているからだろうか。



「これでいいでしょう」

 十日がたち、やっと満足のいく箱ができた。正直あの銅貨では足りないぐらい働いたが、楽しかったので良しとしよう。

「おお。触り心地、大きさ、蓋の閉めやすさ。完璧だ。本当に世話になった」

「いえいえ、新しい挑戦は刺激的でした」

「お主の評判はもっと広めておくぞ」

「ありがとうございます」

「しかしなぜ、こんな山中に住んでおるのだ。町に出ればもっとたくさん仕事をもらえるだろう」

 私は、ふっと息を吐いた。自らの角をなでながら、背中の翼を揺らしてみせる。

「あなたはお人よしすぎますね。家を焼かれてもまだ、人間を信じている。私は信じていませんし、人間も私を信じていない。それでも仕事を頼みたくなる腕をしている、そういうことなんです」

「ふうむ、そうなのだな」

「しかし吸血鬼のお客さんというのもできましたしね。この箱が壊された時にはまた来てください。もっといいものを作りますよ」

「うむ。その日のために金を溜めておかねばな。新しい家にも誰か弱い者が迷い込んでくるといいのだが」

 すぐに殺してしまうから、人間のことは詳しく知らなかったのだろう。だから逃走する羽目にもなったのだ。強い者もいれば、ずるがしこい者もいる。かつて人間と共に暮らそうとした箱職人の魔物は、散々痛い目にあった。

「ええ、またのお越しをお待ちしております」





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家を失った吸血鬼と腕のいい箱職人 清水らくは @shimizurakuha

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